血は流されて

 一歩踏む。また一歩踏む。私が一歩踏み出すごとに、屍が積み上がる。この街に立ちこめる霧は不運な演者を終わらぬ舞踏ヘ閉ざす緞帳と化し、昏い街路はなお昏く、同胞の血染めの装束はただ鴉羽のごとく漆黒に濡れていた。去りし日には門の内側と何ら変わらぬ生活が営まれていたであろう区画には野蛮な松明の炎をおいて他に灯もなく、狙いを逸らされ漆喰を食む牙の音と、毀れた刃が力任せに脊椎を叩き折る音とが重なって騒がしかった。底冷えする夜の狩り、幾多の夜を越えてなお命を保つ歴戦の古狩人は獲物の血潮で暖を取り、死に損ないの民草に火をかけてこれを犠牲に報いる光源とする。窓を破って飛び掛かる一匹を、今また一振りで切り捨てれば、私の剣は隙間なく血脂を纏い、皮膚を冒された獣のように、まばらな毛があちこちにこびりついていた。私は路地の隅に伏していた死体の服でそれらを拭った。青ざめた月光が我が手へとたち戻り、穢れた布地の持ち主である硬い骸の面を照らした。死者は女だった。腕に幼子のくるみを抱え、閉じかけにした瞼の隙間に、虚ろな闇が溜まっている。そこに苦悶のかたちはなく、私は剣の柄を握り恐怖にさえ置き去りにされた母が最後に遺した息は、子の肌にさえ届かずに尽きたのだろう。哀れなことだ、哀れな……
 などと私が吐露した夜のありさまに、彼は相槌も挟まずに耳を傾けていた。その清らなかんばせに穏やかな笑みを湛え、跪く私を寝台の縁から悠然と見下ろして。拙い語りが起伏なく終わり、朝告げの小鳥の遠いさえずりが、悪夢に一滴垂らされた仮りそめの救いのように、部屋の静寂に漂った。私は名を呼びかけられ、長く俯いていたためにほとんど固まりかけになった首をなんとか持ち上げこれに応えた。
「それで君は狩装束の血も乾ききらぬうちに、私の元へ駆け込んできた訳か。私の狩人よ、常ながらなんと惨い夜だったことか」
 彼は寝台を離れ、膝をついて私の体を腕に籠めた。身につけた薄絹の白きにもまさるその肌はまるで血の通わぬ蝋であるかに錯覚するが、触れる頬には確かな温もりが、呼吸し鼓動する生命の証が、己のそれと違わず感じられた。私は礼を失した行いと知りながら、その背を抱いて彼に縋りつき、震える息を隠さずに罪の赦しを希った。彼は咎人を柔い掌で慰めながら、祈りのようにこう口ずさんだ。
 案ずることはない、狩人よ。君はじき、裁かれるべきは誰であるかを知るだろう。その時は決して、ひとときもためらわず、君の剣を振るっておくれ。