男は呻き声をあげた。黒衣に身を包む彼は不意打ちに刻まれた創を押さえることもなく、生暖かい滴りが袖口を濡らすままにした。獣狩りの夜には珍しくもない場面で、幾度となく血を吸った街路の敷石にまた一滴を加えただけのことだった。だが二度目を待たずして、古都ヤーナムに夜明けを知らぬ狩人の刃は襲撃者の肉を裂き、返り血が受けたばかりの傷を癒やした。松明を掲げ思い思いの得物を引きずる市民ら、正気を手放した烏合の衆にかける情けなど、一体どの神の趾に宿ることだろう? 歪な刃を並べた鋸から臓物の破片が垂れ落ち、男はまた呻いた。どの死の陰からも、節のある脚が蠢き出すようだった。汚臭の只中を這いずりまわり、最も高潔な魂の裏にも巣食い血を貶める寄生虫……狩人は物思いを払いのけるように武器を軽く一振りし、金属の放つ鈍い輝きをほんの僅か清潔にした。それから足を上げ、地面にできたささやかな血溜まりへ向かって踏み下ろす。靴底で薄い殻が弾け、病と死に塗りつぶされた街には不釣り合いに滑稽な音が鳴った。潰した虫の残骸が濃い体液を撒き散らすのを、彼は陶然として眺めた。喉の奥から先程までとは異なる類の声が漏れる。唸る獣の正体は純粋な欲望で、男の脳裏に瞬く場面には人の爪が背に刻んだ赤い創や薄汚れた敷布に散った金髪、快楽に濡れた碧眼などが鮮やかに浮かんだ。しばし恍惚とした時が過ぎたが、実現可能性の低い妄想が引き潮のごとく失せてしまえば、後には他人の知る由もない勝手な惨めさだけが残った。恥ずべき欲求を胸に抱き夢見ることを忘れぬ己への嫌悪が満ちる。引き上げた視界には骸を焼いた煙がこびりつき、昼の陽に染まればさぞや美しかろう市街の情景を損なっていた。狩人はまだ温い血を流す死体へ唾を吐きかけると、もう一度刃物を振った。今度はなにか明確な意志に基づいた動きであって、仕掛け武器の機構は金属音と共に正しく作動し、鋸から鉈へ形を変えた。血染めになった装束が、またヤーナムの風に揺れた。胸糞悪い、嫌な夜だった。獣狩りというものが、常にそうであるように。