愛に関するひとつの分析

 彼女は一般的な基準に照らせば美しい部類の女だった。反り返った睫毛に彩られた印象的な黒い瞳、血色のよいふっくらとした唇。つんと尖った鼻先や角張ったところのない輪郭には無邪気さが漂い、白磁の肌には小皺一つない。艶のある巻き毛は少女らしく軽やかだったが、たおやかな身体についた柔い肉の膨らみには、匂い立つような生殖の含みがあった。虚飾と欺瞞にまみれた夜会の場を歩き回っては、花を散らすようにその魅力を誰構わず振りまき、数多引く手はすげなくあしらった。許嫁だけがこの高貴な令嬢に触れることを許されたが、栄誉を与えられた唯一の男は、特権階級の義務に一切の興味がなかった。
「手がグリスだらけよ。手袋をしたらいいわ、もう頑張っても落とせないだろうから……少し屈んで頂戴、鼻の頭にそんな汚れをつけていたら、あなたのお父様がなんとおっしゃるか」
「父が来ているのか。ならもっと遅れるべきだったな」
「意地悪な人ね」
 可憐な女は品よく、嫌味のないやり方でくすくすと笑った。アーカイブにある小鳥のさえずりそのもので、籠の外を知らぬところまで同じだった。
「ここにあるのは嘘ばかりだ。つまらない。三世紀前の生活をなぞって喜んでいる人間の何を尊重すればいいんだ?」彼は笑み、なおも言いつのった。「あっちでMTが新しいホールの基礎を作ってる。俺は生きるなら向こうがいい」
「意地悪な人ね」
 繰り返しの台詞にはもうひとつの意味が乗っていた。光沢のある布地の上を輪になった金属片が滑る。婚約指輪は地球で採掘された白金でできた、無意味な贅沢品だった。彼女のほっそりとした指を覆う繊維は復元された蛾の体内で生成されたもので、果たされなかった愛の約束を惜しむことなく送り出した。
「趣味と実益ね。あなたは肉よりも鉄が好き。私よりこの指輪が好きかしら。血の通わないもののほうが好き。だから愛しているの、私に期待しないから」
 指輪は工業用の油にまみれた掌の上に落とされた。女の手袋は、その過程で汚された。恨み言の類ではなかったが、瞳には破れた恋に相応の悲しみを湛えていた。ホールに集う人々は、数百年遡った装いに身を包み、過去の人類の真似事に興じていた。磨かれた床の上で秘密めかした空疎な会話が交わされ、骨組みだけの電子楽器を抱えた楽団は心地よく整えられた音律で、会場を満たす空気を絶え間なく振動させた。このようなロマンスの文脈で為されたすべてが、男にとっては茶番だった。しかしそれでも、彼女が美しいことは、彼にもよく分かっていた。

「嵌まらないな」
 彼は夜を共にした相手の指先へ円状の金属をあてがい、すべての指を順繰りに試した。骨ばった長い指は愛らしいサイズの輪を受け入れず、小指の先が辛うじてそれを引っ掛ける程度だった。遊ばれた手指の持ち主は気だるげに体勢を変え、我が身を弄ぶ男に向かい合った。
「何をはじめたかと思えば」問う声は性交のあとの倦怠に沈んでいる。「それは何です」
「プラチナだ。お前の頭にも同じものが植わっているんだったな」
「材質を聞いたのではありませんよ、フロイト」
 フロイトと呼ばれた男は、目だけ動かして相手を見上げた。「妬いたか」
「また下らない事を。単に意外に思っただけです、あなたにそんなものを交わすだけの人付き合いがあったとは。しかしこんな所で暇潰しに使われているのを見ると、結末は推して知るべしですか」
「昔の話だ。大した意味もない……お前のは実用的でいい。半分は当たりだが、半分は間違いだったな」
 また私の知らない話か、と吐息に呆れを滲ませて、スネイルはわざと寝返りを打って背を向けた。フロイトは玩具を取り上げられた子供よろしくぼんやりしていたが、ふと新しい玩具が眼の前にあるのに気づいた。脊椎に沿って埋め込まれたインプラントが、ACとの接続部位で露出していた。自らを高みへ押し上げようとする人類の努力がここに結晶し、青白い肌を控えめな色彩で飾っている。ある目的のために研ぎ澄まされてきた、道具の美しさだった。彼は拗ねた相手を後ろから抱きすくめ、その胸に掌を押し付けた。当然のことながら厚い筋肉の層を触知するだけだったが、その下で、規則正しく拍動する心臓が温かい血を全身に巡らせていることは、紛れもない事実だった。肉も鉄も好きだった。血の通ったものも好きだ。ただしその血には役割がなければいけなかった。遊び心は許されていても、明確なコンセプトに基づいた設計が必要だった。わけても人殺しの道具が、この男の好みだった。