空が落ちてきたので

 首を落とされたヴェスパー部隊の生き残り達は速やかな撤退によってルビコン3の道連れを免れたが、同時に哀れな二番手は長く連れ添った伴侶に殉じる死の機会を失った。私個人としてもよき友としてつきあいのあった第一隊長は、作戦を完遂できずに死んでいた。半ば神話となっていたアイランド・フォーの成果は本質的には氏の単なる幸運を示すものであり、94.7%が意味するところは即ち5.6%の失敗だったのである。そして失敗を経てもなおキャリアを重ねられたのは引き換えにされた企業の利益が物品か命かというだけの話で、今回は命だった。周囲の評価は強化手術の是非についてで二分されたが、報せを受けた私の脳裏に浮かんだのは、いつぞや閣下の心臓を替えたときのあの恋人らしい甘いまなざしだけだった。産土を離れた人類に約束された天の国など既にありはしなかったが、私は友人として、共に作品を愛する同好の士のひとりとして、魂の存在とそのとこしえの安寧とを祈った。祈ったものの、厳かな気分に浸れたのは次の星系へ向かう間だけだった。最も近い支社は星図でいえば辺境の感を脱せぬ宙域に属していたが、雪と氷と汚染された土壌しかない戦場に比すれば遥かに文明化されて栄えていた。海上にくまなく張り巡らされたメガストラクチャーは、人の営みが自然を征服し、環境を自らの一部として組み込んだ宇宙時代にはすっかり馴染みの光景だった。私はそれを社屋の高層階から見はるかし、部屋の主から次の機能拡張のプランを、鐘の音の如く聞いたのである。強化人間は初めてACと無関係の器官を望んだ。可能性を問われた私は、限りなく高い数字を答え、その上で返答を二値に置き換えた。できますよ、閣下。何ら問題はなかった。子を育むためのホルモンの調節に必要な装置は植わっていたから、最低限の手順で設置することが可能だった。ただ開き、固定し、閉じれば良いだけのことだ。産道は必要がない。生まれ持った肉体の性は本来の用途から切り離されて既に久しく、単にできるという以上の選択肢があった。私は大まかなプランを、最も適したものに仕立てあげた。はじめは身丈と同程度だった影は伸びて、予定がまとまる頃には、曇り無く磨かれた石材に縞を引いていた。

 苦い敗北に染まった身体にメスを入れる。患者は喪失という病に蝕まれ、病巣はたった今切り開いている腹部ではなく、心と称される仮想の臓器に存在していた。私がこれまで行ってきた手術は強化人間をよりよい道具に仕立てるためのものだったが、今回ばかりは道を外れて、個人的な満足の領域に踏み込んでいる。稀代のエースは権利に頓着しないたちで、解析に必要な戦闘記録やAC搭乗時のバイタルのみならず、遺伝子配列や配偶子までを惜しみなく提供していた。死んだ男の子を孕むのは、未亡人の狂気だった。私は技術的に可能なそれを、依頼に従って叶える。既にある主要な血管に、新しい流路を連絡する。その先に繋がるのは伸縮性に富む袋状の構造物で、今はほとんど球に近い。しばらくは存在することも忘れてしまうだろう。だが月が満ちれば他の臓器を圧迫し、呼吸にすら影響するはずだ。予想される最大の容積を加味して慎重に位置を定め、固定する。血液供給に問題がないことを確かめ、審美的には趣味の合わない赤橙色のフィラメントを腎臓の脇にある拡張用の神経端子へ接続し、念入りに糸目を刻んで創を閉じた。私はひとりきりでこれを行った。『我々には手をつけていない実験がひとつ残されている』。“我々”の語に含まった私は忠実で、黙することには慣れていた。全てを終えて横たわる肉体は、母に属するあらゆる形容を拒絶するように硬く冷ややかだったものの、間違いなく生命の素を抱いていた。技術者の権能を用いて、私はそれを為したのだ。主はラケルの願いを聞き入れ、彼女の胎を開かれた……

 九ヶ月の後、閣下の腹部は想定の1.8倍膨らんだ。拍動している心臓はふたつで、役目を終えた臓器からは、双児が産声をあげた。この日をもって任を解かれることになっていた私は、知の探求者としてあり得べからざることながら、行く末を見届けることのない己の不幸を喜んでいた。場を辞して去る直前に目にした情景は私を呪い、烙印となって脳裏に刻まれた。夜を越して降る自然光は、破滅の輪郭を厳かに描き出していた。嬰児を抱く男の口許を彩る笑みに淡く香るのは、かかる悲劇にありがちな、壊れた愛の幻想だった。