悪い夢

 画面内でもがちゃがちゃとして鬱陶しい上層部の要望を聞きながら、ヴェスパーの副長は暇になりかけの意識を半ば自由に遊ばせた。審美的な装飾を伴わない天板の平面に雪原を重ねると、空席は峻厳な山嶺の連なりを比喩として纏った。会議室の無味乾燥な風景はルビコン3の寒々しい雪景色にとって代わり、議論が価値を失うにつれて精彩を増していった。息詰まる質量のグリッドが空に架かるに至っては、溢れかけた不適切な笑みをどうにか誤魔化さなければならない程、出来のいい妄想となった。白昼夢にも等しい視覚的な想像力の発達は、調整に付随する稀な副作用のひとつだった。廃用にした部下のそれとは違って絶えず襲い来るものでもなかったため、彼は報告を不要と判断し今日までを過ごしている。まあ便利といえば便利であって、三次元的な機動を主とするACを使用した作戦立案においてはシミュレータいらずのこの能力は都合が良かった。幸い今回のミーティングは簡易なもので、小汚いルビコンの出先機関の様子は中継されていないから、多少上の空でも問題はなさそうだ。予め頭に叩き込んでおいた地形に諜報部が仕入れてきた予測を反映し、そこに駒を配置する。万事が予定通りとはいかないが、概ね満足のいく結果に終わることがほとんどだった。解放戦線の間に合わせの基地は小規模な市街の跡地を利用したもので、正面からぶつけたロックスミスは陽動と遊撃の両方を単騎で担う。ヴェスパーⅠはこうした任務に適役だった。企業勢力のACを迎え撃とうと飛び出してくる軽量機体は、束になってかかってきてもフロイトの敵どころか障害物にさえならなかった。まっさらな雪の上に引かれる軌跡は一見するとランダムだが、すべての動きに理由があった。たゆまぬ学習が反射に等しいレベルまで削ぎ落とした最適解の戦闘だ。別動隊が砲台を潰すのと同時に、襲撃対象の基地正面を守っていた四脚MTがレーザーブレードの一閃で爆炎を吹き上げる。満足のいく戦果が上がりそうだ。滞り無く進む。いつも通りだ、そんな予定調和の光景の中で青いフレームが動きを止める。既に半分だけになった機体から放たれたグレネードが、ロックスミスのコアに直撃した。
 ああ、と声が漏れた。伸ばした手が空を掴み、バランスを崩した身体が物音を立てる。止むことなく続いていた特定多数の声の重なりに、一瞬の空白が生まれた。
『ヴェスパーⅡ、どうかしたかね?』
「いえ、少し」目眩とは言えない。「機材に不具合が。申し訳ありません」
 若やいだ面を並べた老人達は、拙い言い訳ひとつでもとの議題に戻った。戦闘の為だけに己を切り刻む強化人間はそれこそ不具合がつきものの機材であって、使い物にならなくなれば企業の円卓に並ぶ支配階級の人間の、たった一言で排してしまえる矮小な存在だった。スネイルは動悸を我が手で鎮めてしまえるかのように、胸を押さえて静かにしていた。もう雪原も、山々も、街区に散らばるMTの破片もなかった。ただ崩れ落ちたロックスミスの残影だけが、視界の端でいつまでも、黒煙を上げ続けていた。