目覚めたときから戦い通しだ。雪と氷と文明の廃墟が今や青一色で彩られ、天体を透かした空とアーカイブでしか見たことのない澄みきった海とが遥か遠い水平線で切り分けられている。絶景はどこまで行っても尽きることはなかった。倒した相手の機体から弾薬や装備を剥ぎ取るのにも慣れた。融通の利かない武装が多い封鎖機構の鹵獲兵器より、補給として扱えるACが飛んでくるほうが嬉しかった。敵襲はどこまで行っても尽きることはなかった。無限の中で遊んでいると永遠にこのまま戦っていられるかのように錯覚するが、ロックスミスのフレームは既に耐久限度を超えたダメージを受けていたし、間に合わせのリペアでどうこうできる段階を過ぎている。乗り手である己も同じか、それ以上に瀬戸際だった。オートパイロットにして小刻みな睡眠を取り、アラートによって浅い眠りから叩き起こされる。糧食は最後のひと欠片を飲み込んでしまったのがいつのことだったか、もう思い出せなかった。水だけはコアに組み込まれた緊急用の生成器で確保されていた。前に遭難しかけたとき、スネイルがつけてくれたものだ。
ヴェスパーは今やルビコンの盤上から取り去られた駒の名だった。この惑星で行われていた長いゲームの勝者が企業ではなくコーラルそのものだったのは、なかなかに捻くれた結末だ。アーキバス、ベイラム、封鎖機構、そしてコーラルと共にあれなどと謳っていた解放戦線に至るまで、あらゆる勢力が壊滅していた。通信はどこにも繋がらない。恐らくは奇跡に等しい幸運が重なったのだろう。まだ自分で呼吸ができた俺はロックスミスの制御を取り戻し、新しい秩序の中でなんとか命を繋いでいた。だが、いつまで持つかは分からない。生命維持に必要な物を水と空気以外見つけられると思えなかったし、そもそも四六時中命を狙われているから生身での探索は不可能だ。ハッチを一歩出ればよりどりみどりの死に方ができる。状況を客観視すればいよいよ詰みにさしかかっていた。それでも俺は死にたくなかった。もとより諦めとは縁遠い人生だったが、どうせ失う命にしがみついているのには、ひとつ小さな理由があった。見覚えのあるベイラムACをまともに動く最後のレーザードローンの光線が貫いてからこのかた、俺は何かを待っていた。銃身の歪んだTURNERを投げ捨て、既に半分しか弾の出なくなったMORLEYの餌をせっせと探し続けながら。ロックスミスのジェネレータの適性を考えると、リコンフィグからプラズマライフルを貰えたのは幸運だった。火力は十分で取り回しも悪くない。残弾もしばらくもつ程度。もってもらわなければ困るのだ。全ての要素についてそうだった。
コックピットに響き渡るアラートに叩き起こされ、危険に慣れた身体が即座に反応した。意識がはっきりする前に操縦桿を握り、ロックスミスに回避行動を取らせる。襲撃の余波に痺れた機体を翻せば、昼夜の別もなく明るい水面の上にVE-42Aの特徴的なシルエットが目に入った。二脚では最重量のフレームだ。同系統のパーツで固められたそのACには、アーキバスの技術者の矜持と強かさとが詰まっていた。乗り手がそういう自社製品で固めるのが好きだったのだ。さっきこちらへ目覚まし代わりの一発を見舞ったスタンニードルランチャーなどその最たる例で、独立傭兵へ供与しての“実地テスト”の後にはすぐさま自機へも取り付けさせていた。追撃として飛んできたプラズマミサイルの爆発が装甲を掠ってチリチリと嫌な音を立てる中、光に眩む視界が切り裂かれると同時にクイックブーストで右へ大きくステップする。間違いなく飛んでくると読んでいたレーザーランスの突進をぎりぎりで躱し、できた隙を利用して拡散バズーカを撃ち込む。煙に包まれながら、鈍重と評される機体が独特のホバーの挙動で慣性を殺し、独楽のように向きを変えた。こちらの動き出しもそう遅くはなかったが、足が止まれば狙われるのが道理だ。避けきれなかったスタンガンの針が伝える電流が、ロックスミスの既に傷んだ制御系統に染み渡る。幸いまだ思い通りに動く。すかさず近接の二撃目が文字通りに飛んでくるのをレーザーブレードで牽制すると、再びプラズマ爆発に焼かれた。リロードの終わったスタン弾ランチャーの砲身の角度を、注視しつつ、こちらもプラズマライフルを撃ち込む。連射できるのがこちらの強みだ。ブースタから噴き上がる火柱が空気を裂く音とフル稼働するジェネレータのひび割れた叫びが、俺の全身の神経を伝って魂を震わせる。オープンフェイスとやるときは、シミュレーションですらよくこういう気分になった。パイロットは普段あんな風に取り澄ましているくせに、AC乗りとしてはかなり獰猛な部類の戦い方をした。そういうところが好きだった。二度とやり合えないと知った時の落胆は俺のやる気を根こそぎにして、部屋に戻ったあとにも続いた。だからこそ今日まで死なずに済んだのかもしれない。最後の一回を撃ち尽くしたバズーカをパージして、身軽になった勢いで回り込もうとすれはすかさず右手から牽制の連射が飛んできた。ぐらついた機体へとどめとばかりにアサルトブーストを吹かしたオープンフェイス自身が飛んでくる。重量二脚の蹴りは重い。ロックスミスがスタッガーすると、間髪入れず取っておきの武器がこちらに向けられた。そうだ、お前なら最大火力で直撃を狙う。二脚ならその瞬間は必ず足が止まるのだ。
やや中空でコントロールを失ったロックスミスは予めずらしておいた重心の位置に従って傾き、発射されたニードルは右腕に刺さる。電流が放出される前に腕を切り離せるかどうかは賭けだった。ブレードの高熱が焼き切った腕を残して、俺はブースト出力を全開にした。『ここまでやるな』と言い含められていた値まで加速し、肺が潰れて息が止まる。この加速度を乗せたまま、ロックスミスはオープンフェイスともろにぶつかった。衝撃に全身の骨が砕け散りそうだ。弾かれないようブレードを投げ捨ててしがみつく。アドレナリンに誤魔化されてなお激痛に震える手で、最初で最後の手順を踏む。上層部が秘密を守るようにと俺の機体に組み入れさせた拡張機能は、世話焼きの副官には最後まで隠し通されたものだ。鹵獲されるくらいなら死ねというお達しで、そんなものを使う気などさらさらなかったが、取るのも面倒で残しておいた。こんな使い道になるとは、雲の上の誰一人とて予想していなかったろう。
「スネイル、お前がいなくて寂しかった」
当然ながら答えはなく、代わりにゼロ距離の刺突を狙うレーザーランスの唸りが聞こえた。俺はそこでようやくトリガーを引いた。もうどこにも繋がっていない腕部の制御ではなく、別の回路が呼び起こされる。アサルトアーマーに似たそれは、全ての物音をかき消して炸裂した。
返事はなかった、すべて独り言だ。面影を求めてさまよい、亡霊を相手に遊ぶ。ここまでやってようやく分かった。俺の副官はもうどこにもいなかったのだ。