もし仮に仕事を選べたとしたら、こんな辺境の、しかも公式には無用な出入りが禁じられている惑星での殺し合いは選ばなかっただろう。俺はMTの窮屈な座席の上で身をよじり、さっきから調子の悪い通信機の左から三番目のスイッチを素早く上下に往復させた。急に音声がぶつ切りになったらこうすれば回復することが多いと整備班のやつが言っていた。支給品のジャケットがごわつく。選りすぐりの寄せ集め共がアイスワームを下してから、戦局はアーキバス優勢に固まりつつある。封鎖機構は次々と拠点を落とされ、彼らの使っていたあらゆる兵器が企業の資産に変わっていった。隊の優秀な連中は鹵獲機体を割り当てられて楽しくやっているらしいが、凡人のこっちはいまだにこの、売れっ子の独立傭兵が乗る上物のACなら数発で沈めてしまえる悲しいがらくたに乗っている。ヴェスパー部隊とはいってもピンキリだ。同じ強化人間でも、番号付きは一握りの幸運をモノにして完全に適合した新人類だが、下っ端はどうにか死なずに済んだ程度の存在で、死亡のリスクが高すぎてこれ以上の拡張も望めなかった。ノイズを吐くだけのスピーカーを軽く叩き、外の廃虚に目をやる。もとは技研の拠点だったという巨大な都市の遺構は、膨大な数の人生をここに抱いていたことを示している。レトロな外観の建造物のどれもがかつての生活の様子を伝えてきた。分断された道路を覆う砂埃のブラウンが、死んだ街を独特の風合いに染め上げている。住人の何割が研究者で何割が労働者で、そして何割がその他に分類される子供や老人だったのだろう? アイビスの火は彼らをも予告なく焼き払ったのだろうか? 大きな段差を降りると、着地の衝撃で回路が繋がったか、スピーカーから番号付きの平坦な口調で部隊員への伝達事項が聞こえてきた。ベイラムの残党、封鎖機構の逃げ遅れ、迷い込んだ独立傭兵、起きてきた技研兵器。みな遠い世界の出来事のように素っ気ない。俺は遠景にカメラの焦点を合わせた。建造中のバスキュラープラントは地下空間のどこに居ても目に入る。コーラルを集め、計り知れない利益をもたらすはずの巨大な井戸は、きっと墓標でもあった。ブースタの唸りが上空を横切っていく。機影の主だったところは少し無骨なベイラム製で、だからロックスミスだと分かる。空にも海にも似ない青は、玩具じみていて緊張感が薄い。
乗り手にお目にかかる機会は一度だけあった。その名も高き首席隊長殿は実際、飾らない気の良い男ではじめの一言は同じ平社員として交わしてしまったくらいだった。V.Ⅰのエンブレムに気づいた仲間が肘打ちしてきたときにはもうビールを一本奢られていて、手遅れの挨拶はそれまでしていたFCS談義の間でさらりと流された。議論を重ねれば重ねるほど、俺の疑問は深まった。どこででもやっていけるのに、なぜアーキバスなのだろう。この男の腕ならそれこそ独立してしまったほうが自由に振る舞える。もっと金払いのいい、それでいて安全な道だってある。ACを駆るのが楽しいなら、剣闘士はこの時代でも現役の娯楽だった。そして話しているうち分かったことだが、彼は自由人でありながらも作戦の主旨をよく理解して、戦局を冷静に俯瞰していた。一兵卒ですら感じつつある不穏な気配を、この男ならもっとはっきりと根拠をもって説明できたことだろう。会がお開きになる前、どうしても問わずにいられなかった俺に対して、ヴェスパーⅠは朗らかにこう答えた。スネイルはアーキバスにしか居ないからな。
第二隊長は死んだ。レッドガンの残党の一人と共に、独立傭兵に始末されたのだ。棒立ちのまま思いを馳せれば青白い光が尾を引いて、視界から外れていった。鍵師の開けた扉の先に連れだって行ける人間は、もう誰もいないのだろう。お互いに機会を逃しましたね、と心の中で呼びかける。俺達は仕事を選べる段階にない。また一つ段差を降りると、通信回線の声が途切れた。コックピットは静かになった。