厚く引かれたカーテンの隙間から薄暮の光が忍び込み、追い立てられた夜が物陰へ退いていく。普段より早い目覚めを迎えたスネイルは、朝が来たことを知って深く息を吐いた。眠りがもたらしていた麻酔が抜けると、昨晩の行為で残された痛みが次々に主張を始める。多くは位置のはっきりしない鈍痛だった。下腹部のそれは際だって不愉快で、つい数時間前にこの場所にあった、見苦しい己の姿を嫌でも思い起こさせた。彼はほとんど憤怒に近い羞恥の念に耐えながら、それを知るたった一人の男に目をくれた。フロイトは毛布にくるまり、覚醒の気配もなく横たわっていた。規則正しい寝息には、荒く乱れた昨夜の熱は少しも残っていない。こうして眠っている様子はいかにも無垢な子供のようだった。ある意味では、起きている時もそう形容できなくはなかったが。彼は自分の好きに振る舞い、出撃すれば成果と面倒事を同量持ち帰ってきた。はじめこそヴェスパーⅡの職務には上官の後始末まで含まれるのかと憤慨したが、本人に申し立てて五秒で無意味だと悟った。フロイトの人生の主題は上達にあり、選んだ分野がACだったというそれだけで、属する企業への忠誠心はおろか、地位に対する誇りも執着も、持ち合わせてはいなかった。
フロイトの瞼が震えた。薄い皮膚の下の眼球が、無意識のそれ特有の不規則な動きで振れている。夢を見ているのだろう、どうせ誰かのACを木っ端微塵に吹き飛ばす夢とか、でなければむしろ自分が破壊されて、もう少しやれば勝ちの目が見えてきたのにとかくだらないことを思っているか……などとスネイルは邪推し、勝手な想像の中の同僚を鼻で笑った。彼は実際、見込みのある乗り手と見れば勝手な戦いを挑むことがままあって、この悪癖さえなければアイランド・フォーでの作戦成功率は94.7程度には留まらなかっただろう。とはいえまさにこの悪癖の部分こそがフロイトなのだから仕方ない。要はどれだけ自由に遊んでいられるかだった。生存に足るリソースとあらゆる機体部品、最新の兵装と適切な獲物、それからほんの少しの甘やかしを与え続ければ、アーキバスは移り気な稀代のエースをいつまでも飼っていられた。餌係にシーツの上での付き合いは含まれなかったが、相手がそれを要求したとき、スネイルは一瞬の躊躇なく同意した。「お前は案外うるさかった」などという感想は最悪だったが、その代わり彼は戦闘では自在にACを操るヴェスパーⅠが、他人の体の扱いは下手くそなのを知って満足した。月日を重ねて分かったことだが、フロイトは不器用な男だった。しかしできるまでやる方針で、できたことは忘れなかった。
まったく唐突に、眠り続けの男が笑った。ふふ、と愉快げな声が漏れ、口元に浮かんだ笑みはそう幼くもない顔立ちをあどけなく化粧う。シーツに額を沈めるようにして身動きすると何かしらを呟いたが、清潔な布地に吸われて、もごもごとしか発音されなかった。スネイルの溜息は彼を起こさなかった。起きたなら何を面白がっているか聞き出すところだ。間違いなくこちらは鼻で笑うようなものだろうが、と冷ややかに思いながら身を起こし、ヴェスパーⅡはやっと一日を始める気になった。部屋は既に無視できないほど明るかった。時間は買い戻せない資産だったから、彼はコーヒーを諦めてバスルームへ向かった。フロイトが眠りの浅瀬を離れたときには、完璧な
「お前の夢を見た」
「勝手な行動を咎められでもしましたか。現実にならないよう気をつけて頂きたいものです」
「いや、俺が勝ったのを喜んで笑っていたぞ。笑うとかわいいな。もっと笑ってみろ、部下から少しは慕われるかもしれない」
「余計なお世話です。馬鹿馬鹿しい、どこの世界のヴェスパーⅡが、下の連中に媚び諂うのですか……」