あのバカでかい船が墜ちてからむこう、墜落地点はもうひとつの戦場だった。高高度でのドンパチの末に雌雄が決して以来、ルビコン全土からスカベンジャーがこの技研の遺産の成れの果てへと群がってきていた。つい三日ほど前に上空で敗北を喫した星外企業は鹵獲した封鎖機構の最新鋭機を惜しみなく投入していたともっぱらの噂で、価値ある死骸を巡って絶え間なく争いが起きており、目視圏内でさえMTの影があちこちに蠢いていた。ついほんの少し前に見つかったメガコーポの社章をつけた大型の機体残骸は、たちまちのうちに漁場となり、ごたごたの中で知り合いが一人死んだ。屍肉漁りの例に漏れずのクズだったので私にとって損失にはカウントされず、むしろ我が身の幸運と賢い立ち回りを証明するかのような結果にひとりほくそ笑んだくらいだ。今も背後では撃ち合いと、通信回線に乗った聞くに耐えない罵声とがコックピットを賑やかしている。私は自分のMTがなるべく人目を引かないように、雪の剥げた地表を進んだ。レーダー上を動く白い輝点を手動で色分けする。マス目をまたいで移動するものと俊敏すぎるものは即座に不要の青色へ変えた。機体反応を伴うものはオレンジで、孤独な黄色は意外と数が多かった。脳深部デバイスを標的とした特注のセンサーは、世代を問わず強化人間の位置を炙り出す。普段はこの半分程度だが、今回はなんとかという強化人間部隊の戦力の過半が差し向けられていたというから、この数も頷ける。墜落後に脱出を試みた戦闘員が多かった様子で、私には願ってもない地獄だった。彼らは落下を生き延びたのに、爆発の余燼に焼かれるとも知らず外へ出て丸焦げになったのだろう。見上げるほど大きな柱の側を通り抜けながら、私はいくつかの死体を拾い集めた。星外企業の強化人間はパーツの量も質もよく、小金稼ぎにはぴったりだ。一束いくらの額ではあっても、同業者がもっと大きな獲物に食らいついている間に掠め取るにはおいしい収穫で、一攫千金を狙わなければ危険も少なく、安牌だ。一通り巡るとまた、センサーを打つ。先程マーキングした輝点に混じって、見逃していた新しい点が出現した。貴重な機体を棺としていないならありがたい。何人の所有者の手を渡ってきたか分からないおんぼろMTは、同業者と撃ち合うには貧弱すぎる。また遠くで爆発音がした。距離によって薄められた閃光が、私の行く手に色の薄い、やる気のない影を引いた。
目的地へ辿り着いた私は、着込んだ防護服の機密を確認してからハッチの縁を越え、地表に降りた。うつ伏せに転がっていた骸は、期待した通りパイロットのようだった。なめらかな素材のスーツに覆われた肢体は違和感を覚えるほど完璧な均整を示していたが、下半身で決定的に損なわれていた。膝のすぐ下で圧し潰された両脚の断端は血と泥にまみれ、そこで絡み合ったスーツと神経の両方の繊維が、日の光をチラチラと反射してきらめいている。ヘルメットの内側には乾いた血混じりの吐瀉物がこびりつき、顔はよく見えない。見た目で評価する限り、この強化人間は期待できそうだ。乾燥と低温はコーラルに勝るとも劣らないルビコン3の恵みで、腐敗の過程が獲物を食い荒らすこともない。傍らに座り込んで、背に負った接続部の端子を探り、頭の中のカタログから型番を推定する。絞りきるには知識も経験も足りなかったが、アーキバス製AC仕様の最新型ということだけははっきりした。今や惑星の表面を汚す有機物の塊のひとつに過ぎないこの男は、企業組織の中である程度の──生まれも育ちも平凡な人間が望みうる範囲に限るが──地位を占める人物だったのだろう。
「バカが。ようこそルビコンへ、お前は私の今日の飯代だ」
「……お前は誰だ」
魂の去った肉とばかり思っていた相手から返事があったので、不意を突かれた私は恥ずかしいほど大っぴらにびくりと震えた。男は微動だにしなかったが、声は間違いなくヘルメットの方から響いてきていた。本人は虫の息に違いなく、奇跡的に失われなかったマイクとスピーカーの機能が、ひび割れた音声を私の耳まで届けたらしい。
「まだ生きてたのか。私の名前なんか聞いてどうする? 寝返りすら打てないだろう。お前は負けたんだよ。さっさとくたばってもらわなきゃ仕事にならない。こんなになっても死ねないなんて、強化人間は面白いな」
「私は死ぬのか」
「墜落から三日経ってる。おまけにウロウロしたせいだろうな、傷口がグチャグチャだ……でも外に出て私に見つかったのは運が良かったぞ。機体目当ての奴らの中にはそこに入ってた生き残りを面白半分になぶり殺す奴もいるって聞いてる。溶鉱炉にちょっとずつ浸けてくとか、指やら足やらを生きたまま切り落としていくとかな」私は脅し文句が染み渡るように小休止をとったが、男は無言だった。「私は殺しはやらない。見殺しが殺しに含まれるなら嘘になるが、その感じだともう苦しみもないだろ?」
深い息の音が聞こえた。ノイズとして処理されてもおかしくない荒れ方だったが、おそらくオリジナルはもっとずっと平穏だ。瑞々しい痛覚が生存に訴えかける段階はとうに過ぎている。彼は残された貴重な時間を、お前はルビコニアンか、と私にくだらない質問を重ねることで浪費した。今のご時世、星外企業の人間がその単語で意味するところはひとつしかない。解放戦線か、と聞いているのだ。無性に腹が立つ。もちろん汚染に浴したこともない余所者がルビコンで生きる一般庶民を十把一絡げにあのテロリスト共の仲間だと考えるのは仕方のないことだったが、誤解を解かないまま死なれるのは大いに癪だった。
「解放戦線かって聞いてるなら違う。お前がザイレムで戦ったんなら、あいつらはお前の首を差し出したらさぞ喜ぶだろうよ。でもそうしない。いいか、ひとつお前の認識を正してから死ね。ルビコニアンが全員あの高潔な、クソくだらない理想に共感しているわけじゃない。なにが灰かぶりて我らありだ、企業でもなんでも尻尾振って生きてきゃいいものを、めちゃくちゃにしやがって。お前らが入ってきたときには、私の周りは喜んだんだぜ。だのに奴らがやらかしはじめてから、スパイを警戒してどこもルビコニアンを雇わなくなった。食うに困った私の親は奴らの作戦に参加して死んだよ。お陰で私と弟はMTも両親も失って、でもって弟も死んで一人になった。今のお前とそう大差ないな」
私のひとり語りは妙な方向に舵をとったが、男は黙って聞き役に徹してくれた。それどころか、レイヴンとかいう人間に対する「耄碌じじいの新参シンパめ、焼き鳥になっちまえ」という悪態には笑いらしきものさえ漏らした。一言喋るごとに、腹の底にわだかまっていた鬱憤や怒りが薄まっていくのを感じた。後腐れのない愚痴をぶつけるにはもうすぐ死ぬ人間がこんなにもちょうどいいことを、私は知らずに生きてきた。
「お前が死んだらそのへんのヤブ医者に引き渡して金になるものを取らせてもらう。今から行く所ではいらない」私は向こうから見えないと知っていて、わざとらしくにやりとした。「何か遺したいものはあるか?」
男はしばらく黙っていた。吹きすさぶ風が鉄骨の間を抜けて、物悲しく咆哮した。防護服の生地は風を防いでくれていたが、男は野ざらしだった。死んだのかと思ったが、念のためもう十秒待った。
「遺言を頼みたい」
おお、まだ生きていた。風前の灯火ではあったが、強化人間の命はそう簡単に散らされない。燻るのだ、そう調整されているから。私は頷いて、音声データをシステムに送って記録しておくと約束した。我ながらこの半死半生のパイロットに入れ込みすぎている気もしたが、誰にも言えなかった怒りを吐き出したぶん、心は軽く余裕があった。そこでふと気づいたが、私はあろうことか、ルビコニアンに蹂躙されて死に瀕した星外企業の強化人間に、自分の両親を重ねているらしかった。なにか遺して欲しかったのだ、存在を思い出せるものならなんでも。私は袖口にとりつけた端末を操作した。男はいよいよ死にそうだった。
「いいぞ。言ってくれ」
「第一隊長殿、よろしいですか」
「何だ? 戦況の話ならリアルタイムで把握しているが」
「端末をどうぞ。こちらは前哨基地のひとつに送信されてきたデータです。システムに障害をもたらすものではありませんでしたが、解析の結果面白いことが分かりました」
「続けてくれ」
「ザイレムでレイヴンの排除に失敗したスネイルの肉声だそうです。添付されていた但し書きにはこのように。『遺言だ、適切な人間に届けてくれ』。再生します、お聞きください」
「……」
「第一隊長殿?」
「ヴェスパーⅡ、俺と来い。予定の作戦に致命的な穴がある。どう埋めるかは考えてあるが、お前の意見も聞いておきたい」
「は、了解しました」
「まったく、お前が居なくても面白くなるといいんだが」
「何か?」
「何でも」