仮にも強化人間部隊と銘打たれたヴェスパーの首席が軽微な調整ひとつも受けずにACを乗り回している狂人とは、いったいこの宇宙の誰が想像できることだろう。無論技術者たるもの皆が彼の人のラボにおける不在をもって事実を承知しているが、雲の上から降り注ぐ箝口令のもとに、その賢明な口をつぐんでいる。初期に囁かれたまことしやかでくだらない噂のひとつに「彼は自動人形である」というものがあったが、ヴェスパーⅠがとある事故をきっかけにようやっとその謎に満ちた姿を現したとき、積年(というほど長い期間でもない)の疑問はきれいさっぱり氷解してしまった。彼は特段の遠慮も気後れもなく席につき、歯を折ったからなんとかしてくれ、と拙い呂律でオーダーしてきた。実に無防備な装いに身を包むAC乗りを、私は感嘆をもって眺めやった。アンバランスで歪みの多い、かつ調和のとれた厳粛な比率の芸術は紛れもなく主の設計と見受けられ、どこにも、人並みに研ぎ澄まされた肉体のどこにも! 強化手術の痕跡が存在しなかったのである。神経束の紡ぎ手である前にアスクレピオスの使徒たる我々は、それが平生関わらぬ歯科の領域であっても、命じられ望まれた作業を粛々と承った。
「強化人間ってのは凄いな。一発殴られただけでこのざまだ」
「容赦なくぶん殴られましたな閣下、このひどい顔はさておいて、フム、右が四本。おかわいそうに」
「閣下はやめてくれ、フロイトでいい……俺は歯抜けでも構わないんだが、スネイルがうるさくてな」
「あのお方は小うるさい」
私は審美的な目的のためにコーラル代替技術の副産物を求めるお偉方の皮膚を張り替えた時の事を思い出した。あれに比べればヴェスパーⅡは嫌味なだけで害のない患者だった。
「そう言ってやるな。あれで結構繊細なんだ」
氏の発言が故郷を懐かしむ調子を帯びたので、私は素直に驚いた。態度の悪い副長閣下を呪いながら死んでいった、取るに足らない数多のスペアの最期の姿が頭をよぎった。私は閣下を愛していたが、生殺与奪の権を握って見下ろす立場であればこそ抱ける上位者の愛情であって、たったいま氏が見せたような気さくな気遣いとは無縁だった。庇い立てとは面白い。歯の欠片を拾ったか尋ねると、一本どうしても見つからなかったと冷静だった。私はとっておきの細胞塊のリストを見せながら、どれが氏のお気に召すかを伺った。目玉の飛び出るような高価なものが選ばれたが、額の補填は副長の名義で後日滞り無く行われた。三日後、育てた歯を植えた。そこで氏から聞かされた事の顛末は、私の好奇心を大いに満たすものだったが、考えてみれば当然ながら、隊長格を心置きなく傷物にして再教育の煙も立てず許されるのは、社に同等の貢献をしている人物だけなのである。