Burned-out

 ルビコンの解放者として地上の見知らぬ人々に迎え入れられた僕は、ACなしでは満足に歩くこともままならない身体のくせに、ほうぼう走り回って戦友を探した。続く戦火に翻弄されながらも、ルビコンの人々は新しい同胞のために手を尽くしてくれ、どんな小さな噂話も届けるようにと広めてくれた。もちろん別の種類のルビコニアンも、僕の強い味方だった。エアはあまり長時間起きていられない僕のために、寄せられる情報を選り分け、分析し、最も価値ある形に変えていったのだ。ほんの僅かな手がかりから行くべき場所の座標を割り出し、機体に記録しておいてくれた。そして相棒の旅路を誰にも邪魔させなかった。搭乗者不明の技研製ACが企業の残党相手に猛威を振るっていると聞きながら、僕は指定された地点へ急いだ。そう遠くなかったが、着く頃には日没からだいぶ時間が経ってしまっていた。こんな夜に予告なく現れたACはそれだけで警戒するに足るというのに、ハッチから転げ落ちるように出てきた強化人間は明らかに異様な存在で、怯えた人々を説得するには少しだけ時間がかかった。だが英雄の名を聞くと、彼らはすぐに僕が何を目的にここまでやってきたかを了解したらしかった。年かさの女性に導かれて進むなかで向けられた視線には同情や憐れみが見て取れ、行く手にあるものを暗示していた。
 僕が養い親に別れを告げた時、スティールヘイズ・オルトゥスの残骸は既に地上のルビコニアンによって回収されていた。そのパイロットも。流石は新型機、ほとんど砕け散りながらもなんとかコアは形を留め、中の人間の命を繋いだのだった。ただし無傷とはいかなかった。コックピットは恒常性を保つよう設計されているが、技研の兵器の出力は凄まじく、防げる熱量の限界を越えていたらしい。
 乏しい物資と廃墟同然の施設で養われる病人は、心もとない光量の裸電球の下、粗末なベッドの上に寝かされているだけだった。かろうじて体温を保つために被せられた保温用のエマージェンシーシートには、きっとあちこちでかき集めてきたのだろう、アーキバスとベイラムの社章が印字されていた。顔には同様の用途で薄く清潔な布が被せられていたが、呼吸のために端は鼻から下を覆わないよう畳まれていて、表に出ている薄く開いた口のありさまは、粘土に刻んだ切れ込みのようだった。むごたらしい見てくれに反し、呼吸音は上下する胸と穏やかに同期していて、苦痛の響きは含まれなかった。
「ラスティ」
 僕は枕元に歩み寄り、シートの隙間から手を差し入れて、半端な長さに切り縮められた腕に触れた。痛みのためか、それとも耳慣れた識別名を聞き取ったのか、彼はわずかに唇を動かし、詰めた息が音を伴って漏れた。僕はかがみこみ、頭部の覆いを取り払った。きっとここには彼を知る人も居たのだろう、布地が隠していたのは状態の悪い皮膚という以上に、その醜く変わり果てた相貌だったに違いない。あてられた包帯やガーゼは滲み出す血と組織液によって汚れ、皺になってへばりついた薄皮と、ひび割れから覗く肉色とが吐き気を催すようなパッチワークで隙間を埋めている。ぞんざいにも見える手当の形跡には恐れが見て取れた。両の眼のあるあたりは明らかに膨れていて、巻かれた包帯を解いて瞼を開いてやったところで、そこには何も映らないだろう。僕の身体は指の先まで愛おしさで満たされた。解放戦線の狼はいまや見る影もないようだったが、その顔立ちは美しかった。僕らは生身では初対面だったが、幾度となく夢想したとおりに、彼はとても美しかった。
「ラスティ、僕だ。レイヴンだ。君のよき戦友のね」僕は笑い、ものも言えない唇に、できるだけ優しく自分のそれを重ねた。「やっと捕まえた。もうどこにも行かないで」
 これは悪質なジョークだった。いったいこの不具廃疾者がどこへ飛べるというのだろうか。あれほど焦がれた空は遥か遠くにあって、彼自身の自由など、もはや欠片ほども存在していなかった。哀れな革命家も分かっているのだろう、喉元の筋肉が痙攣し、ただ開いているだけの口のかたちがほんの少しだけ広げられた。僕はじっと待ち受けたが、彼の必死の努力の甲斐なく、伝えようとした意志は薄汚れたシーツの上へ、言葉にならずに落ちていった。辛うじて聞き取れたのは、レイヴン、というのに近い音の並びだった。それきり何も反応はなく、彼はただ静かに横たわっていた。諦めてしまったのか、疲れ果ててしまったのか、どちらとも判断がつかなかった。僕は椅子を引っ張ってきて、夜明けまで同じ部屋で過ごすことにした。明日も、明後日も、終わりが来るまでそうしているつもりだった。

 夜明けを見ることの叶わない死にかけの狼に寄り添うには、借り物の名は皮肉なほどによく馴染む。開闢の大鴉、偉大なる屍肉食者が君の夜に寄り添おう。君の高潔な魂を、この翼の内に籠めて。君はきっとこんな惨めな自分の姿を、僕に見せたくはなかっただろう。