壁越えの任務を終えたC4-621はガレージに戻るやいなや、それまでにない勢いで何かを伝えようとした。彼のハンドラーは脳波形から得られる断片的な情報……多くはノイズとして叩き落されてしまった中で辛うじて翻訳されたものが「友人」や「喜び」であることを確認し、ただ休めとだけ言って通信を切った。正面の画面の一つで流された戦闘記録の主観映像に、褪せた青が現れる。621は去っていく後ろ姿を、眼の前の敵に構わず長く、消えるまで見送っていた。
ルビコン3で目覚めたばかりの621にはこの惑星で停滞した平凡な何もかもが、新鮮で驚異に満ちた経験として蓄積されている。埃の積もった無関心なガレージの風景も、氷雪と砂嵐に閉ざされた大地も、つい最近まで進展を見せなかった企業間の諍いも、〝レイヴン〟に撃ち抜かれて散る解放戦線の戦士たちの怨嗟の声も、あらゆる事象が並列に扱われ、未熟なまま腐りかけていた旧世代型の強化人間を刺激した。彼がハンドラーへなにかしらの意志を表明しはじめたのはテスターACの撃破直後からで、平常時から逸脱した波形を整え、疑問符を読み取るまでには少なからぬ苦労があった。それからほとんど一方通行の対話を通じてパターンが収集され、C4-621は物言わぬ装置ではなくなった。彼は多くのことを、彼なりのやり方で言い表した。レッドガンの二人については、「仲間」と「恐怖」と「笑い」がそれぞれ同程度の頻度で出現し、ハンドラーがイグアスとヴォルタの名を出したときにはウォルターがよくやった、と褒めたときと似て非なる波形が何度も繰り返し付け加えられた。次々に表現が加わり、ライブラリに人間らしい言葉を紡ぐことが可能になった頃合いに、アーキバスからの依頼が入ったのだった。本来であれば首席隊長が出るはずの難易度の高い任務を新参者の独立傭兵はそつなくこなし、実力を証明してみせた。そこで共闘した人物が彼にとってどんな意味を持つのかはウォルターには掴みきれていなかったが、ついこの間まで死の縁を散歩していた旧型の改造人間に感情の発露がみられたことは、それ自体だけに注目すれば好ましい筈である。しかし憂鬱でもあった。友情の素晴らしさは彼もよく知るところだったが、相手がヴェスパーⅣとなれば当然ながら懸念が生じた。巷ではおおむね快活で人当たりのいい人物との評が多かったが、本性はいざ知れず、かつ事態は駒の人間性に関わらず進んでいくのが常だった。
封鎖機構が重い腰を上げてから、ルビコンの情勢は大きく動きはじめた。621も引く手数多の独立傭兵として知られるようになり、依頼は両星外企業から途切れなく入ってきている。ハンドラーは普段通りにふるまいつつも新たな緊張に苛まれていたが、襲撃を受けた調査基地から帰投した強化人間は、普段に増して饒舌だった。第四隊長から個人的な通信を受けたのがよほど嬉しかったらしい。
『ラスティが俺を戦友と』合成された音声は淡々と話者の思考を伝えた。『友達ができた?』
無邪気な猟犬の言葉が、薄暗い部屋に響き渡る。
「そうかもしれんな」
スピーカーからは柔らかいノイズがリズミカルに続いた。それが何であるか悟ったウォルターはお決まりのフレーズとともに通信を切り、大きく息をついて椅子に背を預けた。全身が気だるく、重かった。ルビコン全土の有力な独立傭兵へ、似たような依頼内容が送付されている。その中の何人が彼の戦友なのだろう、と考えたハンドラーの意識の中で、ヴェスパーⅣのいかにも人好きのする笑い声と、621の残した朗らかなノイズが重なった。