この世の果てで

 ルビコン3に火を点けたあのザイレムの戦いのあと、制御不能に陥った機体はすんでの所でわずかに息を吹き返し、致命的な着地の衝撃を和らげることに成功した。もちろん天地の逆転したコックピットで息もできない激痛とともに目覚める羽目にはなったが、それでも生きてはいた。降る鉄屑を見て駆けつけてきたMTの助けを借りて脱出したが、そこからの記憶はほとんど失われている。高熱と嘔気に掻き乱されたさまざまな悪夢のせいで夜明けは判然としなかったが、私はどうにか明日へとこぎつけた。私が運ばれたのは非戦闘員ばかりの隠れ家で、自力で寝返りを打つこともできない怪我人を、年寄りや子供達は甲斐甲斐しく看護してくれた。食糧も薬も足りていないのに、彼らはそうと知らさずに、最も良いものを分け与えてくれた。二か月が過ぎ、哨戒とちょっとした露払いくらいには貢献できるようになった頃、彼はやってきた。つましい夕餉を薄いフィーカで締めくくり、その日初めてMTに乗った少年ふたりとカード遊びに興じていると、賑わっていた食堂の空気が、まったく唐突に静まりかえった。皆が部屋の一点を見つめており、小さな子供は親の背に隠された。そこに立つ男の顔は、ここで兄弟姉妹と呼び合う人々の、誰の馴染みでもなかった。ラスティ、と彼は言った。奇妙に嗄れた声だった。もう一度名を呼ばれる前に、私は席を立った。あれほど狭く、人でごった返していたというのに、私達の間には視線を妨げる何ものも存在しなかった。見知らぬはずの彼のまなざしは、ある予感を呼び覚ました。それに駆り立てられるように、私の唇は幾度となく投げかけてきた挨拶の形をなぞった。やあ、戦友。このたった一言で、場を満たしていた重苦しい沈黙は解消された。抱き合う二人の英雄を、笑顔と歓声が囲んだ。誰ともなしに拍子をとって音楽が始まり、和やかな色調のもとで宴が催された。レイヴンは惜しみなく与えられる賛辞や感謝に対し、言葉少なにはにかんでいた。思えば生身の彼に会うのはこれが初めてだった。夜が更けて子供らが眠い目をこすり出すと、祝いの場は自然とお開きになった。喜ばしい一幕の余韻は心地よく、終わらせるにはやや惜しい。自室に招くと、彼は二つ返事で了承した。
 いざ二人きりになってしまうと、感動的な再会の喜びは思わぬ深さまで沈み込んで、私と彼の関係に、以前とは異なる種類の定義づけが加わった。ドアが閉まり、時を置かずに始まったそれは唐突で、性急で、なによりもまず必死極まりなかったが、互いの命がそこにあることを確かめるには他に代替のない手段だった。食堂では友愛の表現でしかなかった抱擁へ明らかに性的な意図が乗った。私達は予め示し合わせたかのように口づけを交わし、衣服を剥ぎ取って、寝台へとなだれ込んだ。そして薄暮に至るまで念入りに、私は彼を知った。再手術後のリハビリテーションもそこそこに撃墜された僚機を探して駆けずり回ったという彼は、まだ馴染まない肉体を操るのに苦労しながら、たどたどしい手付きで私の肌に触れた。同時に、まるで硝子細工を扱うように繊細な努力が為されていた。ブランクがあるとはいえ、元ヴェスパーの番号付きはとても華奢とは言い難い。こんな頑丈な男を抱くのに示される彼の行き過ぎた慎重さは、おかしくも愛おしかった。行為の最中には息遣いの延長にある言語未満のすべての音で事足りたため、はっきりとした言葉は交わされなかった。だがひとつだけ例外があった。いよいよ事が進んだ頃合い、まったく出し抜けに、621だ、と彼は言った。それがルビコンで他の誰にも当てはまらない、自分だけの呼び名だと。私は堪らずに、ついさっき名を知ったばかりの男の肉体にすがりついた。そして爪が食い込むほどの激しさで抱き寄せて、その痛ましい手術の傷跡が、私のものになるように祈った。もう彼を受け入れてしまった後だったので、私たちの距離は埋める余地もなくそこで尽きた。擦り寄せる頬の上で、流された涙が混じり合う。快楽の甘さのほかに、罪の意識を滲ませた苦い水。私の祈りは懺悔でもあった。彼が自らの秘密を教えたのが、告解であったのと同じように。

 私は彼が618でも623でも構わなかった。彼にしても、もしこの惑星へ来た時と何も変わらぬ日々が続けば、私のことなど追わなかっただろう。単にその時望んでいた役回りに偶然それぞれが居合わせたというだけで、私たちは互いを選んだ。そんな哀しい愛情もどきで、我々は結び付けられている。だが、そこに居たのは「621」で、そこに居たのは「ラスティ」だった。
 他の誰でもなく。