鈍い男と蛇の足

 『やあ戦友。今日はいつもと雰囲気が違うな』
 スティールヘイズが独立傭兵レイヴンの機体、名もなきACの隣へ降り立つ。その煤けた印象の強い無彩色のフレームは、今日は艶のある漆黒で、まさに鴉羽のそれを思わせる仕上がりだった。独立傭兵は肉声ではないものの(過去の失敗で声帯を傷つけたという話だった)、どことなく照れの滲む、しどろもどろの言葉運びで「今日はデートがあるから」といった意味の説明をした。成程、それなら気合の入った塗装も頷ける。ラスティはこれを内心面白がった。この無口な傭兵にもこのルビコン3で、見栄を張りたくなる相手が居るとは。一体誰がその幸運を得たのかは皆目見当がつかなかったが、ともあれ彼は俄然意気込んで、依頼にあった古い変電所の跡地を眺めた。レーザー砲台とLC機体がいくつか視界に入る。今回の目標はアーキバスの施設にほど近い惑星封鎖機構の拠点を掃除することだった。遮蔽物と戦力の分布から素早くルートを組み立て、かかる時間を計算する。折角の晴れの日に仕事に追われた戦友の為、一肌脱いでやらねばなるまい。
『私が先行しよう。連中が気を取られている間に、君は別方向から侵入してあの厄介な砲台を破壊してくれ』
『了解した』
 並の傭兵ならこの簡易な作戦会議で本当に了解できたか疑わしいものだが、レイヴンは並ではなかった。ハンドラー・ウォルターの庇護の下で研ぎ澄まされた猟犬の感覚は、瞬く間に彼を売れっ子へと押し上げている。無茶な依頼を吹っかけても黙々と遂行するこの男は、今やルビコンにおける闘争のどの転換点にも欠かさず顔を出していた。
 偵察に使っていた岩棚を蹴り、氷原を滑走する。合図はなくとも行動自体が号令となり、レイヴンが大きく膨らんだ軌道で目的地に接近するのが視界の端に確認できた。これ見よがしに正面入り口へ身を踊らせると、封鎖機構は名の(機体構成の)知れたヴェスパーの番号付きを確認し、彼ら独特のコードを叫んだ。弾幕の合間を縫って敷地内へ侵入する。汎用兵器とMTを数台片付けると、建造物の影から盾持ちのLCが飛び出してきた。一定の距離を保っての狙撃に徹するあたりは近接戦闘に長じたスティールヘイズの対策として悪くなかったが、封鎖機構は操縦者の情報までは掴んでいなかったらしい。頭部を狙った精密射撃。彼の装備するライフルはそうした運用に向いているとは言いがたい代物だったが、引き金は迷いなく引かれた。センサーの破損で生じた相手の隙は逃さずに刈り取られ、ターゲットがまた一機減った。立て続けに爆発音が響く。どうやらレイヴンは割り当ての分を予想以上の速さで消化してしまうつもりらしい。やる気だな戦友。からかい半分の通信には不明瞭なノイズのほかに何の返答もなかった。恐らく翻訳がうまくいかなかったのだろう。しかしながら不思議とそれは照れとか恥じらいとかいったものを連想させ、かつ敵方の通信回線がにわかに賑わいはじめたのと無関係ではなさそうだった。押し寄せるMTを退け、三機、四機と厄介なLCを下す。負荷限界を迎えた最後のひとつを蹴り飛ばした先で、パイルバンカーの火花が散った。強化されているはずの装甲が粉々に砕け散る。増援が回される話も漏れ聞こえていたが、一度勢いに乗った独立傭兵にとっては、足止めにすらならない程度の戦力だった。彼を阻むのは私ですら難儀するだろう、とラスティはどこか冷ややかに思量した。この規格外の怪物と、いつまで肩を並べて戦えるか……
『いい連携だ。私達は相性がいい』
 スティールヘイズの傍らに降り立とうとしたACの軌道がふらついた。また意味をなさない雑音が回線に乗ったが、最終的には『感謝する』という至極まっとうな締めの言葉が、取り繕うように再生された。こうした妙な挙動に対し、ヴェスパーⅣは機体の破損を疑いはじめた。目立った傷は見当たらなかったが、当たりどころというものはある。ラスティはまだ中天にさしかかったばかりの日の様子を確認し、そう時間が押していないのに安堵した。仮に修理が必要だとしても、午後の余白はまだたっぷりありそうだった。
『では戦友、せっかくのデートに遅れてはまずいだろう。私はさっきの増援がどこから来たか探っておく。こちらのことは気にせず、楽しんでくれ』
 彼は返事を待たずに地面を蹴った。増援に関する懸念はあったし、対処は早い方がいい。確かに間違いではなかったが、下らない嘘に特有の気まずさが項を掻いた。彼の耳はブースタの轟音に溶けるぼやけたノイズを拾ったが、言い訳するには十分な距離ができたので、構わずに回線を切った。まったく無自覚ではあったが、彼のよき戦友が逢引の相手の前でどんな風に振る舞うか、それを嫌でも想像させるあの“はにかみ屋のハミング”が、どうにも癪に障ったのである。

 621、ご苦労だった
 感触はどうだ 楽しめたか

 …

 そうか だが今は気にするな
 戻って休め

 男、レクリエーション・ルームに入る。狼の意匠は彼の識別子であって、序列は上から数えて四つめ、仕事を終えて一杯やろうという魂胆。丁度折よくバーカウンターに陣取った顔、顔、顔は見知ったもので、同じく強化人間部隊に属する、番号付きの面々である。
「ラスティか。今日は災難だったな、追加の仕事をねじ込まれたろう」草臥れた風体の男、ひとつ席をずれる。ラスティと呼ばれた男は短い礼とともに席を占め、同じものを、とバーテンダーに注文する。
「構わない。どのみち露払いには行かされる」まずは一口。「だがまあ、疲れはしたよ」
「封鎖機構はおかんむりだ。何処ぞの傭兵のせいでな」
 非難がましい口振りだが、男は少し肩を揺らして、ごく愉快げにニンマリした。新入りの飲み仲間は、戦友のこととなると面白かった。今日は特別、面白がれる火種があるから尚更だ。彼は期待して逆隣へと視線を送る。品良く澄ました部下のひとりが、完璧にバトンをつなぐ。
「そうですよ、今さっき第三隊長殿と第五隊長殿にお話ししていたところです。あのレイヴンとかいう傭兵ときたら、何を考えているやらまるで分かりませんからね。今日は特に……」
「待ってくれペイター、レイヴンと話したのか? 今日?」
「話したどころか会いましたよ。向こうからあんな剣幕で呼びつけられれば行くよりほかありません。スネイルも『駄犬の機嫌をとっておきなさい』でしたし」
 狼の男、眉のあたりがぴくりと動く。オキーフ、大いに面白がる。物真似も面白かったが、かくも余裕なき同僚の姿、これが何より面白かった。嫌われ者の上官も、今回ばかりは縁ないようだ。
「ラスティ君は今朝の仕事で一緒だっただろう? 何か心当たりがあるのかな?」ペイターの隣、一座の端の席からは、火種にふいごで風送る一言。
「いや。いつも通りの彼だった……機体の塗装が変わっているくらいか」
「塗装の事は聞かれましたね。感想を求められましたが、地味だと言ったら落ち込んでいたな」
「そこは褒めてあげたほうが良かったんじゃないかなあ」
 気楽な相槌の対角で、まったく気楽でない面持ちの男が気付けとばかりに酒をあおる。その勢いを借りたものだか、男、こう問いかける。
「では、相手は君だったのか」
 場で最も位の低い若人は、涼しい顔で「ええ」と答える。年長者二人、これが火花になるのを見守る。片や薄笑いを煙草を持った手で隠し、片や微笑ましさそのまま顔に出す。冷静なのは答えた当人のみである。
「それはもうたっぷりと相手をさせられましたよ。私の発言に怒ったのか、記憶にあるよりもずっと攻めがきつく……」
「話の途中で済まないが、私はここで失礼させてもらおう。やはり疲れていたらしい」
 男、慌ただしく席を立つ。背に哀愁が漂う。強化人間三人、皆揃って視線を送る。
「第四隊長殿はどうしてしまったのでしょうか」
「心配するな。あいつにはあいつの事情があるんだろう」
「ラスティ君にも、あれでまだまだ青いところがあるじゃないか。良いものを見たよ……さ、飲もうか、ペイター君」
「は。恐縮です」

 男、レクリエーション・ルームを出る。どうせ眠れやしないのだからと、時間をどこで潰そうか悩む。ヴェスパー部隊で唯一の純人間が通りかかり、彼を戦闘テストに誘う。願ってもない気晴らしを、二つ返事で了承する。