たまには空でも見上げたら

 一機のACが、グリッド何やらという打ち捨てられた巨大な構造物の、せり出した縁へ降り立った。時刻は完全な日付の境。いま地上を見下ろし、物思いに耽る操縦者は旧世代型の強化人間であって、燻る火種の責を負う一人でもあった。赤い輝点が脳の片隅で生じ、後ろ頭をぐるりと移動する。
『レイヴン、散歩には遅い時間です。帰りましょう』
 全く原理不明の交信とやらは、ルビコンの土着民と名乗る耳鳴りによって、大した説明もなく続けられている。ハンドラーの申し出を断ったレイヴン、C4-621とラベリングされた元売れ残りの強化人間は、無論奇妙に感じていた。だが己がこの付き合いを望んだというよりも、拒む選択肢が何者かの手によって抜き取られているような気さえしていた。
『すぐ終わるからすぐ帰る』
 とおざなりな返事を投げ返すと、彼は並ぶ柱を片手で掴み、それを命綱として身を乗り出した。ジェネレータの鼻歌がまた一段高くなり、躍る心の比喩になる。傭兵は遮る物もなく空を見上げた。対流コーラルは毒気を含んだ蒸気のようにこの惑星の夜を取り巻いて、まるで不定形の檻のように闘争に明け暮れる人間達を閉じ込めている。子を撫でる同じ手で黒曜石のナイフを握るホモ・サピエンスの原初より変わらぬ標本、まして今日においては鉄の戦機を駆って、降る粉雪のごとく命を吹き散らす彼らであったから、日々苛烈さはいや増して、独立傭兵も閑古鳥を撃ち殺してしまって久しい。流された血が呪わしいルビコンの大地に代謝され、みな人が争えばコーラルは潤沢に噴き上がる……などというドーザーの妄言も、荒れ狂う情勢に鑑みれば、真理の裾くらいは掴んでいそうなものである。頭上に展開した心動かすに余りあるグロテスクな絶景に、621は空っぽの骨の髄まで満ち足りた。その満足はせり上がる嘔気のように胸を突いてまた引いていったが、栓を飛ばして放出された脳内物質の波が濯いだ後の心は、忘れた夢に等しくきわめて穏やかだった。彼はルビコン3の夜空について耳にしていた。まさに聞き及ぶ如しと余韻に遊べば、機能を損ねた涙腺がじりじり痛んだ。も少し留まれば違う景色が見えそうで、そろそろ身体は限界だった。耳鳴りの奥の心残りは我が身を切り分けて遺し去るようなもの、名残惜しくもあったがしかし、休まなければ死ぬので帰った。

 戦友、ルビコンの夜空をじっくり見たことは? そうか。いや、構わない。単に私があの景色を、気に入っているというだけのことさ……