おそらく最善の末路

 拠点でのちょっとした散歩は、棒切れのような四肢を鍛え、平衡をはじめとしたあらゆる身体感覚を取り戻すのにはうってつけの行楽だった。ラスティは二度目の手術からそう間もないレイヴンの手を取り、ふらつく足取りを事故と無縁な方向へ導いた。この傭兵の駆るACがどんな風に敵方を蹂躙するかを知る身からすれば、コックピットの外での彼はあまりにも貧弱で、身の丈こそ自身よりわずかに勝る男の姿は少女のように華奢で儚くさえ見える……というのは半ば盲目の愛が掛けさせた色眼鏡だが、その点で中立な周囲の人々にとっても、この哀れな病人の風貌は、力をかければ幼子にさえ脆く折り壊されてしまう枯れ枝の印象が強かった。行き合うほとんどの人が気まずそうに目をそらした。素朴なルビコンの土着民たちは、機能不全に陥った強化人間の姿の痛ましさに、なかなか慣れることができずにいるらしかった。621は気にしなかった。彼自身、鏡に映った自分の姿に怯えたことが何度もあった。とりわけ不快だったのは頭部も含めた体中に巻かれた包帯で、脆弱な皮膚から滲み出た組織液のせいで、いつでもどこかしら黄ばんでいた。もしルビコン3に暑くなる季節があったなら、今よりずっとひどい有様だったろう。
「外へ行きたい」と彼は唐突に要求した。「この階にメンテナンス用の通路があったはずだ」
 ラスティは片眉を上げた。「あるにはあるな」
「風を感じたくなったなんて言って信じる?」
「信じるさ。君の言葉なら疑わない」彼は朗らかな調子で答えた。「ここから少し歩くが大丈夫か?」
「休み休み行けるなら」
 ラスティは頷き、要望通り休み休み廊下を進んだ。足がもつれるたびにレイヴンは苛立ったが、彼がもどかしげに唸るたび、傍らのよき戦友はどうどうと肩を叩いてなだめ、汚らしい布に覆われた頬に口付けてやった。こうした無邪気な戯れは、ままならぬ人生の苦痛をよく和らげる。彼らは辛抱強く歩みを進めた。骨が軋み、息が上がったが、じき長い道のりは尽きた。小部屋を挟んで、外へ続く扉を抜けると、赤錆びた手摺の向こうに、代わり映えのないルビコン3の情景が広がった。起伏に富んだ地形に沿って露出した岩肌の黒と間を埋める雪原の白とのはっきりとしたコントラスト、まばらな針葉樹のみで構成された貧相な植生、薄曇りの空の果てでは急峻な山々の峰に覆いかぶさるように、廃墟となったメガストラクチャーが自然物のスケールを無視して聳え立っている。風は刺すような冷気を伴って吹き、絶え間なく肌を噛んだ。ラスティはジャケット一枚で平気な顔をしていたが、大気圏突入よりこの方、ACのコックピットでぬくぬくと育ってきたレイヴンには厳しい気候だった。
「寒いね。すごく寒い。どうしてそんな薄着で耐えられるんだ?」
「吹雪の中で死にかけた経験があれば、晴れた日中の気温ならそう寒くは感じなくなる。そこまで激しい訓練をしなくとも、こうして生身で外に出る機会があれば君もじき慣れるさ」
 彼は冗談交じりに肩をすくめ、手摺に片肘をかけて体重を預けた。斜に傾いだ面にはからかうような微笑を浮かべ、長い睫毛に縁取られた双眸には、豊かな光が踊っていた。レイヴンは知っていた。この親しげな眼差しの奥、瞳の底まで覗き込めば、そこには彼だけの昏く澱んだ孤独があった。
「慣れる前に死ぬかもしれない。俺かあなたか、両方が。あなた抜きで外へ出たいとは思わない」手摺の上で腕を組むと、ジャケットの布地が錆びた金属と擦れてチリチリと鳴った。
 しばらく待っても返事はなかった。また風が吹いて、彼の笑みを散らしていった。残ったのは何の気無しの曖昧な表情で、視線はどこかはっきりとしない、ただ遠くへと向けられていた。レイヴンも同じほうへ目をやったが、雪の照り返した午後の陽射しは手術後の眼球へ容赦なく突き刺さり、痛みとともに涙が滲んだ。しばらくそうやって沈黙を味わってから、彼は身体を起こし、ルビコンの大地に背を向けた。姿勢を変えた拍子にジャケットと肌の間の空気が入れ替わり、震えがひとつ駆け上がる。彼は努めて楽天的な調子になるよう、祈りながら口を開いた。
「俺が言いたいのは、ここが長話には寒すぎるってことだよ。風ならもう十分感じた。中に戻ろう」
 頷いたラスティの表情は、普段どおり柔らかくなった。そしていつものように彼の手を取り、先回りして扉を開けた。凍てついた外気に晒されていた筋肉はぎくしゃくとしか動かず、窶れた男は苦労してそこを通り抜けた。扉が閉まると、いくらか寒さはましになった。壁にもたれて一息ついていると、隣に立つ彼の恋人が、こう呟くのが聞こえてきた。

 レイヴン、私は君に殺されたかった。