部屋に帰る。照明の落ちたままの空間に、廊下からのほんのわずかな光が淀みかけの空気に散った。前哨基地の素っ気ない内装の一室に溜まった闇の、什器の隙間に押し込められたひときわ濃い部分が動く。まだ暗さに慣れぬ視界の、輪郭も定かでない情景を経験から説明すれば、それは小山のような同居人の背中が家主の帰還を察して机の下でもぞもぞする様子だった。足を踏み入れてしばらくしてから、俺は明かりをつけてやった。巨躯を歪めてこちらを向いた同居人はいかにもあわれっぽく、愚かで、救いがたく目に映る。ジャンク扱いで買い上げられた肉体は未だ最低限の機能を回復する程度にしか処置されておらず、全身に巻きつけられた小汚い包帯は赤剥けた皮膚を守るどころか雑菌の温床となって悪臭を放ち始めていた。不必要に見開かれた両眼が動き、視線が俺を追って縋り付く。
「お、かえり」ひび割れて血の跡の目立つ唇が動いた。「どう、だった?」
「いつも通りだ。一ダース無意味に死んで、俺はそれを眺めていた」
かぎりなく脱色された戦場の話題に、同居人の視線が宙を彷徨った。その先には俺と灰色の壁くらいしかないが、脳裏には砕けたアスファルトとがらんどうのビル群、吹き上げられる乾いた砂埃、レーザーに撃ち抜かれて爆散していく使い捨ての兵士らの最後の炎が見えているのだろう。やつはしばらく呆然とし、気が済むとたっぷり時間をかけて瞬きした。現実から空想に意識を浸し、戻って来るときにはいつもこれをやる。幕を下ろしているのだろう。俺は勝手にそう解釈していた。
帰宅の挨拶が済み、隣の部屋へ足を向けると、大きな影はよろめきながらついてきた。長いこと縮めていたためにすっかり固まった四肢はぎくしゃくと運動していたが、それでも最初の頃のように派手に倒れて周囲の何もかもを台無しにすることはなくなっていた。俺がケトルへボトルの水を入れ、電熱器のスイッチを入れる様子をじっと見つめる。毎度変わらぬ作業を飽きもせず注視するそれは、見守っているというよりは見張っているといったほうが正しそうだった。元傭兵の監視下でカップに湯を注ぐ。棄てられた都市を覆う砂に似た薄茶色の粉末は、ささやかな水流に揉まれて湯を色づけていく。ブースタの熱で溶かされた雪が痩せた土壌と混ざって作る泥水のような液体が、支給品のカップに二つ用意された。用意してしまってから、俺は同居人を振り返り、飲むか? と形だけの確認をした。頷くのを見届けてから、ステンレスの取っ手に指をかける。一口啜れば見た目通りの味わいに、帰ってきたことを実感する。本来は香り高いはずの飲料に芳しさは微塵もなく、熱いまま喉を鳴らせば、この世の悲哀を飲み下すようだ。今際の夢ならもっとうまいフィーカを飲むだろう。こんな悪臭漂う大男ではなく、香気漂う美女の一人でも侍らせて。失礼な物思いを知ってか知らずか、同居人はカップを両手に持ち上げて、俺に倣って一口啜った。湯気の向こうで、爛々としていた瞳が半分、瞼に覆い隠される。
「次は、連れていってくれ」ざらざらした声が鼓膜を撫でる。「一人でいると、き、気が滅入る」
「悪かった。整備班に急ぐよう伝えておくから、お前も次は壊さないように乗れ」
「分かった」従順な返事に軽い咳が続く。
前回の出撃で損傷したのは機体だけではなかった。こいつは回避をかなぐり捨てて、眼の前に出てくる全ての機影を粉々にしてやろうと躍りかかっていったのだった。相手は地上の拠点を守るレジスタンスで、そう戦闘経験もなさそうな彼らはさぞ肝を潰したことだろう。コックピットを叩き潰される前にだが。かつては優秀な猟犬として首輪をつけられていたこいつが引綱を咥えたまま俺の元までやってきたのは、ひとえに絶望したからだった。支離滅裂な独白には、ハンドラーの呼び戻しを無視して停滞を選ぶに足る、十分な理由が含まれていた。規格外の実力を示し続けてきた傭兵の戦略的な重要性を根拠に据えて訴えはしたものの、処分を望む上官を説得し通したのは、つまり個人的な同情に過ぎなかった。俺は仲間が欲しかった。
「ところで、もういい加減それは取り替えたほうがいい。臭ってきているぞ」
俺が指差すと、大男は眉をひそめ、あちこちと自分をにおった。いかにも動物的な仕草だが、慌てた様子がやたらと人間らしく見える。
「飲み終わったら風呂に入れ。包帯なら腐るほどあるから心配するな」
やつは大きくカップを傾け、一気に中身を空にした。ほとんど布に隠された顔が、いかにも頼りなげな気配を帯びる。表情でなく眼差しが、この男の内心を覗かせるようだった。
「自分でできない」
「なら俺が巻いてやる」
縮こまる男の唇に、軽く唇を押し付ける。二人暮らしになってから日々のルーチンに新しく組み入れた行動は、もとは向こうからしてきたものだった。目を伏せ、了解をハミングで示してから、同居人はなめらかになった足取りでバスルームへ消えていった。俺は壁に寄りかかり、自分のカップを干しにかかった。潤いのない荒れた感触は、水音の続く間じゅうずっと、唇に残されていた。