五歳の頃には楽しみで仕方なかったホームパーティの日は、二年後には憂鬱なものに変わっていた。十五歳の今では愛想笑いを覚えたけれど、不貞腐れて隠れてばかりいたあの頃のことを、ママは未だにからかってくる。我が家はいつもお客でいっぱいだった。パパは軍の飛行機の管制官で、もとから陽気な性格なのもあって、とにかく友達が多かった。この間の戦争ではなんとかという部隊で勲章ものの活躍をしたんだ、となぜか身内の私に向かって自慢げに話す人も居たけれど、戦争なんて私には怖いだけだったし、あの頃のママは生きた心地がしなかっただろう。妹にパパがいつ帰ってくるか話したあとで、おばあちゃん、つまりママのママと言い争って電話を切る、そんな生活を続けていた。そんな不安ばかりの日々が終わって二か月もすると、家族の生活はだいたい元どおりになった。たまの休みにはやっぱりホームパーティがあって、バーベキューグリルがパパと一緒にうなりを上げて活躍した。新しい人とも知り合った。戦争の英雄だとか言われているその人は、優しそうだけも静かな人で、いつでも隣にいる陽気なお友達とは大違いだった。パパも含めて、みんなが彼をトリガーというあだ名みたいなもので呼んでいた。パイロットはみんな空での名前がある。こんなのどかな芝生の上で、わざわざそれを使い続ける人は初めてで、私はその人が気になっていた。それで私は彼がトイレに立ったのをこっそりつけていって、二人きりになる機会をつくった。
「ハイ、トリガー」
「どうも。なにか用かな?」彼は思ったより気さくな雰囲気の人だった。
「楽しんでる?」
「ああ。きみのパパは料理がうまい」
「ありがと」私は話し込みたいと知らせるために、廊下の壁へ背中を預けた。「トリガーって、コールサインでしょ。軍隊での名前だってパパが言ってた。ここでもそれで呼ばせるのは、人殺しだって忘れたくないから?」
失礼で思いやりのない私の質問を、彼は軽やかに笑ってくれた。殺すとか殺されるとか、戦争の勝ち負けじゃない部分については、みんながはぐらかそうとする。けれどトリガーはそうしなかった。
「いや、逆だ。忘れたいのさ。僕が行く場所には軍属ばかりたがら、陸でもしぜんと戦争の話になる。そこで本名を使わないでいると、英雄として墜とした敵機の話をするのは、地上にはいないトリガーとかいう他人になる」
「すごい屁理屈」
「そうだね」
私たちは肩を揺らして笑いあった。それから一緒に庭へ戻って、パパたちに混じってどうでもいい話をたくさんした。
私のお気に入りだからという理由で、トリガーが我が家を訪れる機会が増えた。身よりが居ないというのも手伝って、彼はほとんど家族みたいな扱いになった。私は学校でするどんな行事にも物静かな年上の友達に居てほしくて、ついにはカレンダーを共有するまでになった。このままじゃプロムにもトリガーを誘いそうね、なんてママが言うのを、パパは微妙な顔で聞いていた。それはとても素敵な想像だった。同級生にいい感じの子がいたとしても、優しくてハンサムなエースパイロットには勝てない。でも、もちろん想像だけ。多分トリガーにもガールフレンドくらいいて、いなくても妹みたいな小娘は候補に入れてもらえないだろう。入れられるのも気持ち悪いし。
やけ食い気味のパパがよそった山盛りのマッシュポテトを雪山にたとえて、私は次の家族行事の行き先を決めた。ロッジを一棟借りあげて、そこで休暇を過ごすのだ。といっても、パパにはクリスマスの休みがなかったから、ほんの少しの間だけで、時期も少し早い。明るいうちはスキーとかの雪遊びに出かけて、夜は暖炉の前でのんびりくつろいで……という計画には、もちろんトリガーが加わった。ずれてはいるけど、クリスマス前の貴重な休みだ。そう気を使う間柄でもなかったけど、テキストメッセージは必要以上に予防線だらけになった。もし暇だったら、来れたらでいいけど、何するってわけでもないけど、まあ家族だけで楽しそうだし、ちょっとあなたを連れ回しすぎかも。『もし』とか『たら』とか『けど』とかにまみれたメッセージには、少ししてから返信があった。「誘ってくれてありがとう」と「絶対行きたいね」が並んでいて、冬の楽しみがひとつ増えた。
私たちは日が暮れる前に撤収した。スキーは散々だったけれど(私は転んで雪まみれになった)、寒くて疲れているぶん、ロッジの中は天国みたいになった。暖炉の火が揺れると、絨毯の上の影も揺れた。私達はそこで暖まりながらトランプをしたり、タブレットで映画を観たり、怖い話をしたりして盛り上がった。そのうち大人はお酒を飲んで、パパは珍しく酔っ払った。クリスマスソングに合わせて重たいステップを踏んで、ヒイラギの枝を振り回し、ママに長いキスをした。それからソファで笑っていた妹の頭に嫌がられながら唇を押し付けて、こっそりダイニングでクリームたっぷりのココアを淹れて飲んでいた私たちの方までやってきた。
「抜け駆けだなトリガー、うちの娘に悪いことを教えないでくれ」
「教えてない」私は半笑いで反論した。「私が教えたの」
「まったく、悪い子だ」
パパは私の頬をつねってから、同じ場所にキスをして笑った。それからトリガーの方に向き直ると、私にしたのと同じようにした。その時、彼は静かに瞼を下ろして、ごきげんな酔っ払いが離れていくのに合わせて目を開けた。パパがそのまま大笑いして暖炉のそばまで戻っていくのを、彼はしばらく見送っていた。笑っていなかった。薄いブルーの瞳には、パパだけが映っているみたいだった。きっと時間にしたらたった数秒のことだったけれど、ココアの湯気の向こうで、トリガーは私の知らない人の顔をしていた。
「ごめんね」私はたまらずそう口走った。「ごめんね、トリガー」
「いいんだ。君のパパは楽しい人だね」
「そういうことじゃなくて」
私が言い募ると、彼はしー、と唇に指を当てた。
「そういうことにしておいて」
彼は普段通りに笑いかけ、それまでと何も変わらない様子でマグカップに口をつけた。ロマンチックになった曲に合わせて、パパとママが手を取り合って踊っていた。妹はいつの間にか眠っていて、二人にとってはまさに完璧な夜の時間だった。私の友達はとても幸せそうで、それは決して、嘘じゃなかった。