お互いに

 近ごろヨスタトはすっかり気のいい兄ちゃんと化している。嬉しい変化だ。前はもう少し、精神的に……余裕がなかった。楽しそうでも目の奥が冷えていたり、小さな物音に身を固くしたり、そういうのが残っていた。もちろん今でも夜中に俺が近寄ると警戒して目を覚ましたり(俺は前科者だからな)、初対面の人間に軽口を叩きながらどこか品定めするような視線を送るのは続けているが、毛布にくるまって震えるような寝姿じゃなく、手足を投げ出してだらけきって眠るようになったのは、たぶんめったに悪夢を見なくなったからだろう。来たばかりの頃、俺がヨスタトの寝床に入りたがったのはなにも下心だけってわけじゃない、厄介な酔っ払いが絡んできているときは、その無茶に対処するのに忙しく、夢を見る暇もなさそうだったので……ということにしておきたい。俺は自分がよく分からない。
「なあ、あんたの足ってどうなってるんだ?」俺はソファの背に首を預けた。「ちょっと見せてくれよ」
「いいけど、変なことしないでよね」
 掠れた裏声に笑いながら、俺はこの気前のいい男が靴を脱ぎ、義足を外し、膝をそろえて座面に上がるのを見る。それから遠慮なくその左足の断端を撫で回し、皮膚に走る傷痕と、妙に柔らかいその下の組織の感触を確かめた。切れっぱしを閉じた痕以外にも、ヨスタトの脚には古い傷が沢山あった。そのひとつひとつが、四年間の虚無の痕跡だ……
「こんな簡単に見せてくれるとは思わなかった」
 俺は大人しくされるがままになっているヨスタトに、正直な感想を述べてみた。彼はひじ掛けにもたれた姿勢のまま腕を組んだ。
「フェアじゃないからな。俺はお前の火傷を毎日見られるが、お前はそうじゃない」
 分かったようで分からない返答だが、俺は満足した。やっぱり兄貴に似てる。ふだんは俺を初孫みたいに甘やかしてる割に、こういう点では子供扱いしない。俺はふざけ半分真面目半分で、ヨスタトの膝のあたりに口づけようとした。もぞもぞ動く脚に妨害される。彼は縮こまって距離を取ると、指をつきつけるように左足をつきだした。
「おい! 妙なことはするなって言ったろ。全くお前ときたら、何でもないような顔して、油断も隙もない」
「でもあんたも俺のここに」俺は眉のななめ上あたりを指先で叩いた。大学でアホ相手にこれをやると、最悪停学になる。「しこたまキスしたろ。忘れたのか?」
 ヨスタトのけだるげでハンサムな顔は、みるみるうちに狼狽した様子に変わり、目元から頬、耳のへりがだいぶ血色よくなった。チークをはたきすぎた親友の顔が思い浮かぶ。
「先月の話を蒸し返すな」
「なんて言ってたか教えてやろうか。『ジルナク、お前ってかわいいなあ。頑張り屋だし、もっと褒めてやるべきだよな。ジルナク、偉いぞ。ちゅっちゅ』」
 俺が過剰な演技と余計な脚色で先月の酔っぱらいを再現すると(同僚に地元のとんでもないのを飲まされたんだそうだ)、ヨスタトは勘弁してくれとばかりに顔を覆って脱力した。もう首まで鮮やかに色づいていた。
「くそ、忘れろって頼んだんだぞ」
「忘れるもんか。嬉しかったからな」
 溜息が聞こえる。この吐息はきっと温い。近ごろ俺は完全に、ヨスタトの茹で方をマスターした。甘えているんだ、俺は。この気のいい兄貴は仕返しに泥酔した弟分の一番恥ずかしい非公開エピソードを投げ返してきたりしないって分かってる。ひとしきり笑ったら、冷たい飲み物でも持ってきてやるかな。