生まれてきたことを恥ずかしく思わないのが不思議なくらいどうしようもない事ばかりするクソバカ野郎

 ヨスタトはあけすけな南国の空気に当てられて開放的になった。というより、あまり思い悩まずに生きていくことを自分に許す気になったらしい。酔った勢いというと聞こえは悪いが、俺達は一線越えて大人になったってわけだ。俺もヨスタトに対して兄貴の幻だとか未来の希望だとかそういう重苦しい殺意を押し付けるのをやめた。冗談めかして繰り返していた「俺はお前の兄貴じゃない」の意味は、つまるところこういうことだったんだろう。俺はあの胸糞悪い仕事が始まった日からイズカイアに逃げてきてからも、ずっとヨスタトを手の届かないものの代わりにして満足しようとしていた。馬鹿だった。
 ところで、馬鹿だった、という過去形は適切じゃないかもしれない。なにせ俺はとことん頭が悪すぎて、ヨスタトを何かの代替品として扱うのをやめた瞬間、あんたが欲しいとかなんとか言ってなし崩し的に身体の関係に持ち込む程度に大胆になってしまったからだ。「馬鹿」と「お前はいかれてる」のカウントは十から先を数えちゃいないが、それでまんざらでもなさそうに抱かれてくれるからヨスタトはかわいい。最高だ。前は真面目だった拒絶も、多分俺の心境の変化を見抜いたんだろう、こうなってしまってからはほとんど前戯みたいなものだった。
 明日は休みだっていうセクシーなヨスタトの痘痕を味わっている途中、俺はまずいことに気づいた。今夜はちょっと、と言って離れると、こんな時に限ってこの色男はやる気のようで、俺の弱点だと判明した腰のあたりを撫でさすりはじめた。
「おい、ふざけんなよ。駄目だって言ってんだろ」
「珍しいな、いつもは人が明日何時起きだろうと『駄目』だなんて言わないのに」
 妙にきまりが悪くなる。確かに、俺は最低なので彼のほうが翌朝早くても知ったこっちゃなかった。それで遅刻した時はさすがのこいつも本気で俺の頭を叩いた。枕でだったのは優しさだ。
「ヨスタト……」俺は恥ずかしかった。「コンドームがない」
 彼はきょとんとして(かわいい)目を丸くし(さらにかわいい)、それから口の片端を上げてにやりとした(これはかわいくない)。
「お前にもそういう良識があったのか」
 こいつめ、俺にだって良識くらいある。
「ヨスタトに赤ちゃんができたら困るからな」
「この……×××」
 ヨスタトは何か短い単語を呟いた。語感からしてジェンチリ語だ。きっと俺には分からないと思っているんだろうが、生憎各国の猥語・罵倒語は大学で履修済みだ。他国出身の学生と真っ先に交換するのはそういうお上品な語彙だからな。さっきヨスタトが言い放ったのはジェンチリでも特に人気の高い単語のひとつで、意味は一言で言うなら「恥知らず」だが、もっと詳しく翻訳するとこうなる、「生まれてきたことを恥ずかしく思わないのが不思議なくらいどうしようもない事ばかりするクソバカ野郎」。ハンサムでクールなツァーレクは俺のことをそんな人間だと思っていたのか。萎えてきた。
「何でもいいけどそういうことなんだよ、もう寝ようぜ」
 どう考えてもこのまま寝れそうにない俺はひとまず本日五度目のシャワーを浴びに行くことにした。が、行けなかった。立ち上がる代わりにベッドに押し倒されている。普段は冷めた灰色が、今は愉しげに濡れていた。濡れるといっても水じゃなくて灯油だ、故郷は火事になっている。
「おいおいジルナク、前に説教されたんだろ。突っ込むだけがセックスじゃない……」ヨスタトは見せつけるように舌なめずりした。ゾクゾクしだした自分が嫌になる。「いい機会だ、教えてやるよ」
 そこから先は最悪だった。さすが元工作員、他人の身体の扱いが上手い。俺はとんでもないことになり、この一晩のことを向こう一週間からかわれることになった。クソ、なんだってんだ。俺もヨスタトもおかしくなっている。それはあけすけな南国の空気に当てられたからで、結構悪い変化じゃなかった。