俺は手にした瓶の底を、この間新しくしたばかりのローテーブルへ思い切り叩きつけた。飲みかけのビールの残りが派手に飛び散り、ヨスタトが休日を潰してまっ平らに整えた天板が少しへこんだ。仕事を台無しにされた職人の非難の視線が、むごい傷痕(とはいえたったの一、二ミリだ……)と凶器の瓶、むきだしの腕とよれたシャツの襟を経由して俺の顔を這いまわった。こいつが見たのは多分、すっかりできあがって火照りまくったニレ人の酔っぱらいだったろう。俺は大学からの帰り道でもう何度か祝杯をあげてきていた。親愛なるネルシャの素直な賛辞が思い起こされる、ジル、おめでとう、やったじゃん。そうだ、俺はやりとげた。だから同居人であり後見人であり親友でありもっと親しい・友達から、こんな風に刺々しい目を向けられる筈じゃなかった。目つきくらいならまだいい(ぞくぞくくる)、一番の問題は、ご褒美のお預けをくっていることだった。
「ヨスタト、おい、誤魔化すな……」
俺は狭いソファの上でヨスタトに詰め寄った。悠然と腰を落ち着けていたこの、くそ、めちゃくちゃな男前は、いかにも迷惑そうなしかめ面で体を傾け、逆上したケロイド男から距離をとった。
「ジルナク、いい加減にしろ。こういう時のお前は心底面倒臭いんだ、毎度毎度相手をしてやってる俺の身にもなれ」
「なあ、ヨスタト……」俺はまた仏頂面の彼の方へにじりよった。「あのクソ教授からA+をもぎ取れたらあんたの脚を好きにしていいって、そういう約束だろ」
そういう約束だった。俺のモチベーションが最悪を下回っていたある日のこと、彼は甘ったれのグータラ小僧のやる気を引き出すために「何でも好きなものを」くれてやるからちょっとは頑張れ、などと言ってきたのだ。俺は迷わずこう頼んだ、あんたの脚を気の済むまでいじくり回したい、もちろん義足のほうじゃないぜ……
「今さらやっぱりだめだなんて言うつもりかよ、くそ、この大嘘つきめ……」
「どうしようもないやつだな」ヨスタトは聞こえよがしに深い溜め息をついてみせた。それから噛んで含めるように、一語一語ゆっくりと喋りだす。「別にうやむやにしようって訳じゃない。仮に今この場でさせてやったとして、お前、覚えてられないだろ。それを言い訳に何度も迫られたら困る」
俺はなにやら居心地が悪くなりだした。良かれと思って酒なんか入れたのが間違いだったかもしれない。ヨスタトも最後の一言で顔をそむけて、それっきりだった。庭でうるさくする無神経な音楽家達は立ち退きを命じられた雑草諸兄の代弁者で、敵対するこの家の住人が二人して黙りこんだのを、日頃の鬱憤をぶつける好機とみているらしかった。こう外野にやかましくされると、話を続けるのがいやになる。水でもひっかぶってとっとと寝るべきかもしれない。勢いをつけて立ち上がれば、妙に視界がぐらぐらした。はじめの一瞬こそ手を貸す気配を見せたヨスタトだが、このでき損ないの雛鳥が問題なく歩けるのを確認した後は特に興味もなさそうにしていた。まっすぐとはいかなかったが、俺はできるだけまっすぐ風呂場に向かった。それから冷たいシャワーを浴びた。体の表面を滑り落ちていく水の流れを感じながら考えたのは、自分が何をあたいか、ということだった。いざ好きなようにしていいと言われると、何も考えちゃいなかったことに気づいてしまう。撫でさすったり舐めかじったりする他にしたいこと。もしかすると、あの足で小突かれたいのかもしれなかった。