ヨスタトは最近俺に甘い。前はお互いあれこれ葛藤したが、今ではすっかり開き直って昼間からベッド(ヨスタトの)でいちゃついている。俺は彼の胸元に鼻をすり寄せ、いまだくっきりと残された細かな凹凸を唇と舌で確かめた。はじめはこうするとかなり嫌がったが、今ではむしろあっちの方が期待しているんじゃないかってほど寛容で、舐めようがかじろうが、何をしても怒らなかった。俺はひそかに笑い、背に回されたヨスタトの腕の静かな重みを心地よく感じている。指先がわずかに動いて骨のかたちを探った。このあたたかい手のひらの下で、何人が命を奪われたんだろう。俺たちは昔の話をよくしたが、このあたりの話題には決して触れないのが暗黙の了解で、俺はニレ国教会の修道士よろしく、ひたむきにそれを守っていた。ささやかな幸せはいつだってちょっとした好奇心で壊れるもんだ、せっかくなついた鳥をたった一度籠にこめようとしたために永久に嫌われてしまう、そんな真似はできれば避けたい。このかわいい傷だらけのマツヨイは、いまや俺の全てだった。何人殺したか知らないが、俺はヨスタトが他人の命を奪ったことがある、その事実もたまらなく好きだった。俺の知っている人殺しはみんな優しい。
俺はおやつタイムを中断して顔をあげた。あげたところで視界はめちゃくちゃだ、近すぎる彼の顎のへりに、剃り残しの髭を見つける。こういう隙に気づくたび、心の中へ何やら朗らかで春めいた風が吹き込むようだった。触れたそばから安らぎや幸福なんかを咲かせるが、それでいてチクチク痛む。郷愁、哀愁、憂愁……涙が出そうになった。間の抜けた涙声になる前に、言いたいことを言う。
「ヨスタト、俺はあんたに甘やかされてばかりいる」俺はまた彼の首もとに顔を埋めた。体重がもろにかかって重いだろうが、文句は出ない。いつも。「俺もあんたを甘やかしたいな……」
くつくつ笑う声が聞こえてくる、ジルナク、俺はもう甘やかされてるよ……そんな台詞が後に続き、彼はわずかに手を握りこんで俺のシャツに皺を寄せ、それからちょうど火傷の痕が残るあたりへ、いとおしげに(そう思いたい)頬擦りした。いよいよ涙が堰をきって溢れだしそうになる。こんなに近くに居るのに、何をすればヨスタトが喜ぶか未だによく分からない。何をしてほしいんだろう。呼吸とかかもしれない。こいつはたまに、俺が息をしているのが信じられない、という顔をする。それは決まって明け方のごく早い時間で、ぼんやりと靄のかかった薄暗がりに目を慣らすと、ヨスタトの灰色の瞳がこちらを窺っているのだ。そのまなざしはまどろみの余韻を引いた俺の、規則正しく膨らみしぼむ胸郭の動きや指先のわずかな痙攣、瞬きひとつに至るまでを、訝しみ、慈しみ、懐かしがるようだった。ジルナク、お前、生きてるんだな……とでも言いたげに。自分だって危ないところを辛うじて生き延びてきたくせに。俺はたまらなくなってヨスタトの首筋に噛みついた。うめき声が漏れ、器用な長い指が首の後ろを滑る。何するんだ、という手つきでなしに、どこかからかうような調子だった。俺はそのままゆるやかに舌を這わせ、他の誰とも違うヨスタトの肌を再び味わった。ほのかな塩気……動物は海を抱えて陸に上がってきたんだという。彼が詰めていた息をゆっくりと吐いていく音が耳をくすぐる。陸へ上がった生き物は、乾いた空気を吸ったり吐いたりできるようになった。ヨスタトの唇がいつものように傷痕を食むようになぞる。それから空を飛ぶものが現れた、彼らの肺を通るのは新鮮な風だけ……
「ジルナク……」
また湿った感触がケロイドの上を撫でていき、軽い沈黙が続く。俺はおもむろに体を起こし、南で溶けかけのニレ人を惹き付けてやまない冬の曇天そのままの灰色を見つめた、その中に自分の姿を探した。
「ジルナク、愛してる」
「俺もだよ」
彼がどれだけためらい、もったいぶろうと、俺の方は迷わない。ヨスタト・バル・ツァーレクの緩やかに閉じかけた瞼のあいだ、慣れ親しんだ冬の景色にはイスパ・クク・ジルナクが居て、これ以上ないほど幸福そうだった。