「おい、ジェンチリワシミミズク。交尾は諦めな」
            「ネル……そんなだからお前は男と長続きしないんだよ」
             俺は指までさして堂々とこのろくでもない台詞を言い放った親友に、どうしようもなくあきれ果てた。親しくなって分かったが、ネルにはこういうところがある。つまり、デリカシーがない。大学構内の木陰のベンチは昼食をとるにはうってつけのスポットで、俺はここで鳥仲間とあれこれ語り合いながら食べるサンドイッチを密かな楽しみにしている。今日は何だか味が薄いが。
            「いやさ、言ってみたんだよね。レク、ジルのこと早く抱いてやんなよって。そしたら無理だって」
             悪びれも恥じらいもせずこんなふざけたことをよくも当事者の前で言えたもんだと思うが、俺はネルのこういうあけすけなところが好きだったし、最近のこいつの様子を見ているとヨスタトに余計な質問をしそうな雰囲気はかなりあったから驚かない。ただ、あまりに直球すぎるだろ、と苦笑いはする。つられ笑いをに肩を揺らした親友はパックのジュースを一口飲んだ。落ちかかる木漏れ日で黒髪を飾られてかなり美人に見える。元々美人だが。
            「知ってるよ。ヨスタトは俺じゃその……駄目なんだよ」
            「かわいそう。舐めたり擦ったりしたらどうにかならないの?」
            「おい、ヨスタトを汚すな。ふざけんなよ、大体俺がいつあいつと寝たいなんて言ったんだ」
             デリカシーの欠けたネルシャ・リノツクは平然としてチキンナゲットをかじった。毎朝自分で用意するという弁当には、だいたい肉が入っていた。俺は未だに味気ないサンドイッチを頬張ると、少しでもハムの味を感じ取ろうと努力した。
            「レクと居るときずっとそういう目で見てる」
             だめだ、今日の昼飯はただ物理的に腹を満たすためだけに存在している。俺は大袈裟な身ぶりで腕を広げて降参した。
            「くそ、お前に隠しても仕方ない。確かに俺はヨスタトと寝たい。キスしたいし触りまくりたいと思ってる」顔が熱くなる。なんでこんな話になってんだ? 「抱きたいんだよ。抱かれたいんじゃなく」
             好奇心旺盛なネルシャの黒い瞳の上で楽しげな光が揺れた。木漏れ日とはまた違う、何かいたずらを企んでいるカササギの目だ。ネルは腕組みし、そのまま机に置いたジュースのストローをかじりながらこう言った。
            「ほえ。ほんならはっはほやけわいいやん」
            「何だよ」
            「そんならさっさと抱けばいいじゃん。押せ押せでいきなよ、押せ押せで。レクだってジルのこと見る目、怪しいし」
             畜生、気になることを言いやがって。俺は尊敬すべき鳥仲間の観察眼には一目置いている。十人中九人が分からないという間違い探しも、ネルは数秒で言い当てる。
            「どう怪しいんだよ」
            「うーん、秘密! じゃ、私ちょっと調べものがありますので」
            「こいつ、逃げんな!」
            「逃げてるのはどっちー!」
             俺が立ち上がる間もなく、身軽なネルはゴミをまとめて駆けていく。運動神経がいいからあっという間に遠ざかり、角を曲がって消えてしまった。俺はサンドイッチの残りを片付けながら、親友の捨て台詞を頭の中で繰り返した。逃げてるのはどっちー。