「ヨスタト!」俺は玄関口でわめいた。何だか足元にマシュマロが敷き詰められているみたいだ。それがおかしくて笑いをこらえていると、ドアが開いてヨスタトが現れた。逆光の激しいコントラスト、見慣れた呆れ顔が今夜は一段とかわいい。こんな深夜も深夜、むしろ朝のほうに近い時間帯に腹を抱えて笑いだした迷惑な俺を引きずり込みながら、彼は兄貴らしからぬお下品な語彙で文句を言っている。おいおい、俺が汚い言葉を使うとやめろって言うくせに、自分はいいのかよ。俺たちの部屋はこじんまりとして品のいい、センスのいい、趣味のいいインテリアに彩られ、まるで高級ホテルのコテージみたいだ。プライベートビーチつきのやつ。ハンサムな同居人はもうほとんどずだ袋と化してぶら下がる俺の身体をソファに投げ捨て、鍛えてるから疲れてもいないだろうに、わざとらしく肩で息をしながらキッチンに引っ込んでいった。よれたシャツが色っぽい。人妻みたいだな。一旦は収まった笑いがぶりかえしてきた。俺はちょっとご機嫌だ。ペットボトル片手に美人妻が戻ってくる。おい、とりあえず水飲んどけよ、とかなんとか言いながら。それを受け取って一口飲むと、よく冷えていてうまかった。「ヨスタト……ヨスタト! どこ行くんだよ。また逃げようとしやがって」俺が振り回したペットボトルから、ちょっとどころじゃない量の水がこぼれて辺りに降りかかった。「雨だな、雨、雨漏り……」俺はくすくす笑った。「今日はあんたにいたずらしないよ、それはもう十分楽しんだ」この酔っぱらいが、なんてぶつぶつ言っていたヨスタトが振り向く。怪訝な顔もかわいいよ、ハニー。「一緒に飲んだ奴がさ、そういうの詳しい奴でさ。ヤってきた。試してみろって。すごいだろ? あいつ、どっちもできるんだ……」色男の顔が歪んだ。「ヨスタト、良かったな。俺は抱かれるより抱くほうが上手いんだと。でもあいつ個人の意見では、俺を女にするほうがそそるってさ! 終わったらまた乾杯、君は最高、明日もよろしく!」投げ上げたペットボトルが落ちる音と共に、よろしくない単語が耳に入る。久々にヨスタトのニルカ語を聞いた、意味は最低最悪の悪態だ。俺はげらげらばか笑いした。「しかし結構上手かったな、どっちもかなり、悪くなかった。あいつ俺に惚れてんのかな……おい、妬いてんのか? ハニー、俺には君だけだよ……アッハハ、あんた、すげえ顔だぞ。そんな目してたら客が逃げるぜ……」
笑い疲れた俺はソファの上でだらだら溶けた。ヨスタトはせっかく綺麗に保っている床に広がった水溜まりを、買ったばかりのモップで拭いた。へこんだペットボトルはそのまま転がっている。拾ったらいいのに。ヨスタト、こっち見てくれよ。俺は口笛を吹いた。ヨスタトは俺を無視して掃除に励んでいた。ヨスタト! ヨスタト! ヨスタト! わめいても無駄らしい。ひとしきり陽気に騒いだ後は、あの瞳の色が無性に恋しい。冷えきったニレの冬、残酷なようで優しい冬、生まれ育った場所の冬、ヨスタトの心をずっと凍りつかせているあの寒い冬……あの肌寒い灰色に、俺も閉じ込められたかった。あの景色の中に。人気者のヨスタトもその時ばかりは、冬の間は、俺だけのヨスタトで居てくれる。