観光立国かくやあらん、イズカイアの人間はだいたいが拙い、少しが流暢なニルカ語を喋り、通りかかる俺たちに大量生産の土産物を売り付けようとする。燦々と降り注ぐ陽光は帽子のつばを少し焼き、サングラスの向こうの海は無限の富に大笑いしていた。俺の隣を歩く色男はというと、水着姿の美人に向かって調子よくウインクし、彼女らにロマンスのかけらを振りまいている。脇腹を小突くと大げさに痛がってみせる。お調子者め。
「おい、これからどうするんだ。あんた、泳げるのか」
彼は馴れ馴れしく肩を抱き、俺のサングラスを指で弾き上げて答えた。
「俺は上手いぞ。でも海水浴はやめておく。お前がこれ以上べた惚れになったらかわいそうだからな」
俺は肩をすくめ、今度はレンズ越しでない海を眺めた。青い。鮮やかな二種類の青が空と海とを塗り分けている。
「お前はどうしたい? 泳いできたかったらパパが浜から見ててやるぞ」
おどけた男の瞳は灰。冷たい色だ。ニレの長い冬が凍結させた街の色。捨ててきた家が恋しくなりかける。やっぱり寒いほうが好きなんだよ、ここは暑すぎて気分が優れない。水に入れば余程具合が良くなるだろうが、そうもいかなかった。既に温(ぬる)まってきた飲み物を一口飲んで、正直に告白することに決めた。あんたには隠そうとしたって結局喋らされるんだからな……
「俺は泳げないんだよ」
どうせからかわれるだろう、そんな予想に反してヨスタトはただ意外そうに首を傾げただけだった。彼の瞳の中で揺れる、清らに冷えた海が眩しかった。