知らぬが仏

 岬の向こう側へおんぼろトラックを転がしながら、今朝がた見た連れの体のまだら模様を思い出している。それは彼の首筋から胸にかけて広がる痘痕の凹凸へ、偏執的といっても良さそうなある種の情熱をもって捧げられていた。だから言ったんだ、顔が良ければすべて良し、だ。隠れた所なら多少傷ついているほうが人をわくわくさせるらしい。俺はそれを前に抱いた女(ゆきずりの関係ってやつだ)から直接聞いた、彼女は俺のこめかみを指ではじいて、四六時中見えてちゃつまらないわ、と愉快そうにからかった。昨晩あの色男に激しくサービスしてやった女も、彼が隠し持つとっておきの傷に心踊らせたに違いない。左足の断端だってふだんはソケットの下、あまりお目にかかれる代物じゃない。さぞわくわくさせられたことだろう……
 ただ、それが俺の寝ている間にされたというのはしっくりこない推測だった。ヨスタトはお喋りで軽く見えるが、趣味の悪い女遊びに興じるタイプではなかった。泥酔した友人を隣のベッドに転がしておいて、声をひそめて行為に及び、寝返りのたび忍び笑いをする……そんな想像はそれ自体が彼への侮辱に思えて居心地が悪い。もっとも、たかだか半年で他人を分かった気になって、お綺麗な理想を押し付けるというのも甚だ身勝手と言うよりほかないが。
 窓の外ではこの国の宝である陽気な海が、底抜けの明るさで笑いかけている。未舗装の道はがたついたトラックをますますがたつかせながら、俺をどこかへ連れていく。人っ子ひとりすれ違わない。おい、本当にこの道で合ってんのか。日よけはかかっているものの、荷台のバナナが蒸し焼きにならないか心配だった。こんなクソ暑い見知らぬ土地で荷運びなんかやる羽目になるとは、夢にも思っちゃいなかった。移住を考えるにしても、イズカイアなんか選ばない。
『ジルナク、二人で南に行かないか。損はさせない、俺のおごりでうまい飯を食わせてやるよ』
 今のところ、たしかに損はしていない。彼の底を尽きかけの財産で、好きなだけ飲み食いした。町をぶらついて土産物屋を冷やかしたり、鯨を見に行ったりもした。巨体の海獣は何度も水面に躍り上がり、ヨスタトは俺の肩を叩いて笑った、ジルナク、お前はついてるよ。この手の台詞を言うときに彼が向けるまなざしの意味を、俺は未だに問えずにいる。夕日を眩しがる澄んだ灰色。言ってやりたかった、文句なしの甘い顔立ちだけじゃなく、病の痕も半端な足も、綺麗だよ、ツァーレク。本当に綺麗だ。そのふたつはあんたが生き延びた証なんだよ。
 綺麗だよ、なんて歳上の、それも兄貴に似てる男に面と向かって投げられる言葉じゃない。思わず浮かんだ苦笑を風が撫で、甘ったるい南国の花の香りを残す。昨夜彼の相手をした女は(女じゃないかもしれないが)何か言ったろうか、綺麗だよ、とかそれに近いことを。俺は自分が嫉妬しかけているのに気づいて心底馬鹿らしくなった。アクセルを踏み込むと、景色は倍の速度で流れ去る。物思いも錆びた標識に引っかけて置いていく。飛びすさる木立の後ろで海だけが変わらず、エメラルドグリーンの愛想をふりまいている……