イスパ・ジルナクはどことなく憂鬱だった。逃避行のつま先が陽気なビーチの波に洗われて四日になるが、同行者との間に気づかいが塵と積もって目障りになってきた。ヨスタト・ツァーレクは理解の難しい人間だった。彼の苦悩する姿に覚えはあれど、彼の涙はついぞ目にしたことがなく、ジルナクの推し測るところによると、この冗談好きで面倒見のいい優しい男は、死んだ婚約者の為に一滴の悲しみも捧げてやらなかったらしい。自身の不安定な日々を思い返すにつけ、ジルナクはヨスタトの無闇な明るさが、膿むことも忘れて血を流すまま放っておかれた傷痕のように感じられるのだった。
 西日の流れ込むモーテルの一室で、二人は何をするでもなくただ時間を浪費していた。これは実際、彼らにできる最高の贅沢だった。資金は乏しいが目先の事を考えずに済む十分な額があり、もの煩いの種は遥か北方で燃え立つ炎を押し込めようと躍起になっていて彼らを追うどころではない。ジルナクはベッドの上で控えめにあくびをした。そして、意味もなく机に向かってぼんやりしているらしい同行者のシャツの背中の皺のくぼみへ、このような言葉を投げかけた。
「ヨスタト、俺に気を使わずに一人で飲みに行けよ」
「どうして」
「あんたはいつも俺の左に座る」ジルナクはいつになく眠たげだった。「それはつまり……そういうことだろ。わかるよ、こんなツラを拝みながらじゃ酒が不味くなる」
 彼は白濁してほとんど用を成さない右目だけを器用に細めた。筋肉の動きに連動してひきつれたケロイドの凹凸が、黄色い日に晒されて粘土のような質感に見える。ジルナクは続けた。
「歩くときには右だよな、いい具合に目隠しになる。あんたは俺といると損だ。義足の男はセクシーだがこんな化け物じみた特殊メイクは誰だってごめんだよ。俺は置いてけ、別にそのまま消えちまうわけじゃないだろ」
 ヨスタトはその後長い間無言で、背中を向けたままだった。ジルナクは言いたいことを言い切ってしまったので、このまま寝てしまおうと瞼を閉じることにした。それから椅子を引く音がして、彼は遠ざかればいいと思った足音が近づいてくるのを聞き、爛れて歪んだ右の頬を、暖かい指先が静かに滑るのを感じた。