私は助手席を盗み見た。ジルナクははしゃぎ疲れた五歳の子供みたいに眠ってる。鋭い顔立ちに火傷の痕がスパイスになってかなりコワモテなんだけど、寝顔はこんなに無邪気だし、笑うと結構かわいい。今日は山登りで疲れたのか、帰りの運転を代わってほしいと頼んですぐ寝入ってしまった。私は健脚の地元っ子だけど、彼はそうじゃない。まっ白なユキチョウが見られる寒いニレの生まれ。山になんか一度も登ったことないって。ヨスタト──彼の同居人もそう。私はハンドルを切り、二人が暮らす家の方へ向かう。こじんまりとした趣味のいい家で、私も何度かお邪魔させてもらった。ヨスタトはその度に私を明るくもてなしてくれて、ジルはそんなヨスタトを……眺めてうっとりしてた。誰にでも分かるわけじゃないけど、私には分かる。
夕まぐれの空は昼間のはしゃいだ賑やかさからすこし大人の装いになって、きらきら光るイブニングドレスをまとってウインクしていた。明るい瞳はまだ低いところにある。
「うう……」
ジルが声を出したから起きたかと思ったけど、そうじゃなかった。寝言なんて初めて聞く。最初に会った頃のジルナクは、愛想はいいけど目の奥に見える姿は保護されたばかりの猛禽みたいだった。誰のことも本当に信じてなかった。でも今は違う。前より笑うし、前より隙だらけになってる。私は誰も見ていないのにとびきりの笑顔を作った。それはこの気難し屋の鳥がすっかり私になついたのが嬉しかったのと、ジルがヨスタトの名前を呼びだしたからだ。録音して聞かせてあげたい。どっちに? どっちも。ヨスタト、ヨスタト……
「ヨスタト、俺を置いてどこかに行ったりしないで」
私は思わず急ブレーキを踏みそうになった。減速はしたけどなんとか止まらずに進む。助手席をうかがうと、ジルナクの目の端っこは濡れていた。車の中は暗かったけど、少ない明かりに照らされてはっきり見えた。ジルの、それからヨスタトの過去に何があったか全部は知らないけど、きっと何かあったんだろう。私が夢にも思わないような、悲しいことが。逃げてきたんだって言ってた。ニレの長く厳しい冬から。
それからジルはずっと静かだった。私も彼に頼みたくなった。ヨスタト、どこへ行くとしても、ジルを置いていかないで。