希死念慮

「あんたは兄貴に似すぎてる、あんたは兄貴じゃないのに」
 ジルナクは呻きながら、床に押し付けられた手首の痛みを、他人事の領域に押し出そうとした。骨の出っ張ったところが、ちょうど床板の節のところに引っかかり、それが鈍い圧迫に、鋭利な刺激を上乗せしている。この手はつい先刻、同居人の頸をへし折ろうと試みたばかりだった。未明の薄闇は、南国にあっても真昼の気温・気湿をひた隠し、うだるような暑さの予兆もまだ、山向こうにわきたつ雲の端に、ほんのりと滲みだす程度だった。
「レク」ジルナクは自分を苛む相手に、親兄弟の親密さから一歩下がった呼び名を使った。「俺は幸せなんだ、こうして生きてることも、あんたが俺にほとんど何でも……許してくれることも。だが幸せなほどあんたを殺したくなる。ごめんよ」後悔が彼の顔を歪ませ、結びの一節を荒くやすった。
 彼を組み伏せたヨスタトの、均整のとれた柔らかい面立ちは、諦めとも憐れみともつかない情に染まり、闇にあって茫とかがやく銀の瞳は、明け方の静寂がもたらす青みがかった陰影に、一滴の疑問符を垂らしていた。彼はジルナクの火傷の痕を、穴のあくほど見つめはしたが、しばらくの間そのまま沈黙していた。やがて胸につかえたものを吐き出しでもするかのように、おもむろに背を丸め、適宜腕の位置を変えながら、ジルナクに覆い被さり、首元に顔を埋めた。ジルナクの手首は自由になったが、ぴくりともしなかった。
「レク、ごめんよ」ジルナクの瞼の隙間から、安価なビーズに似た雫がひとつまろび出て、頬骨の上を転がり、髪の根元になじんで消えた。「俺、あんたに死んでほしいんだ。それから、俺も……ツァーレク、幸せだよ、幸せなんだ。嘘みたいに。俺たちのこれは間違っているような気がするんだよ」
 ヨスタトは身動ぎし、むかし焼けただれたジルナクの皮膚に頬で触れた。ジルナク、夢を見るんだよ。彼はこの祈りの文句を、繰り返し囁いた。夢を見る。それはとても悪い夢で、目覚めたときにお前の心臓の音を聞かなきゃ済まないような気になるんだ。ジルナク、夢を見るんだよ、悪い夢を。
「ヨスタト、兄貴に会いたい……」