ヨスタトは俺が眠るのを待っているらしかった。俺は目は閉じていたが、そのまま夢の国に漕ぎ出したりせず桟橋でだらだらしていた。彼が寝ている俺に何をしたいのか気になっていた。ベッド脇で、おそらくしゃがみこんで……弟分の様子をじっと窺っているのにはやはり目的がありそうで、単なる感傷的なワンシーンというわけでもなさそうだった。狸寝入りを続けていると、呆れた調子の声が降ってくる。
「おい、寝てないだろ。困った奴だな」
俺は素直に目を開いた。すぐ前に見えたヨスタトの柔らかい瞼の曲線を追う。こいつはどうしてこんな風に笑えるんだろうか。瞳の灰色はイズカイアのけだるげな薄暗がりの中、光のかけらをいくつも隠し、不思議なほど透き通って見えた。俺は尋ねた。
「行くんだろ」
微笑みはそのままに、まなざしだけがどこか切なげなものに変わった。多分悲しいんだろう。俺はなんの脚色もする気になれなかった。なんでもそうだが、見える景色はシンプルなほうがいい。
「寝てるお前にキスのひとつでもしてやってから行こうと思ったのに」
「おいおい、自分だけカッコつけようとするなよ……」と、俺は続く一幕を思い描いて苦笑した。「朝になってあんたがいなかったら、みっともなく騒ぐかもしれないだろ。さよならくらいちゃんと言えって」
額に触れた指が、そっと眉の上を撫でる。それからこめかみの方へ寄り道し、どう表現すればいいか微妙なあたりまで滑った。思えばこのハンサムな元上司は、俺のケロイドが結構お気に入りのようだった。イズカイアに来た最初の日を思い出す。俺は少し不安で、ヨスタトはあっけらかんとしていた。遠く望むエメラルドグリーンの海が眩しかった。俺は過剰にセンチメンタルな気分になったのをいいことに、さっきの文句へ恨み言をつけ加えた。
「それに俺だってさよならくらいちゃんと言いたい。もちろんあんたなしで生きていくのは怖いよ……でもさ、お別れだ、ヨスタト。俺はあんたと暮らしてて楽しかった。幸せだった」恨み言ながら、俺は普段やらないような愛想の良さでにっこりした。「だから遠慮するなって。ここにあんたのやりたいことが無いんなら、別の場所にあるってことだ」
ヨスタトの瞳から星がこぼれ落ちた。
「俺も幸せだった。ジルナク……」頬を撫でるヨスタトの手のひらが温かくて、俺はまた幸福感に包まれる。「さよなら」
「さよなら」
指先が離れていき、ヨスタトの気配が遠くなった。挨拶のすぐあとから、俺は瞼を閉じていた。その裏側で、真夏の海が揺れている。イズカイアの海は決して冷たくならない。喉の奥がつんと痛んで、打ち寄せた波が眦を静かに濡らした。左右で違う足音に続いて、扉の閉まる音が聞こえた。明日もきっと晴れだろう。いま思い出しているあの日と同じように。俺は少し幸せで、ヨスタトも幸せそうにしていた。遠く望むエメラルドグリーンの海が眩しかった。