嫌がらせ

「ヨスタト、綺麗だよ。これも、これも、これも……」
 明かりを落としたリビングで、陳腐なメロドラマよろしくソファの上のヨスタトにちょっかいを出している。この男の身体に刻まれた経験はなにも分かりやすい痘痕や足の断端だけじゃない、例の爆弾とその後のちょっと変わった仕事のお陰で、傷痕はあちこちに数えきれないほどあった。うっすらとしか見えない白い筋、小さな瘢痕、内腿にあるひとつ(正確にはそのあたりのいくつか)を俺の手のひらが撫でると、ヨスタトは露骨に嫌そうな顔をした。眉間に皺こそ寄っていないものの、眉根のあたりがこわばり、落ちかけた瞼の隙間から瞳だけをこちらに向けて無言のうちにこう非難する、何しやがるんだ、調子に乗るな。この寛容で情け深い同居人は愚かな若者に憐れみをかけ、こうして寝る前の貴重な暇を分け与えてくれているわけだが、気分が乗らない時はよくこうなる。投げ出された手足はくたくたに疲れきっていてもう子守りはうんざりといった感じ、実際はデッキチェアの上で休日の庭を満喫したヨスタトの頭もやはりこの俺をうざがっている。今日は文句なしのいい天気でその残り火にあぶられた夜は蒸し暑かった。カーテン越しの月明かりもご機嫌そのもの、本でも読めそうな光量が注ぎ込まれたこの部屋の風景は、ほとんど全ての要素が完全な輪郭を保ってそこにあった、ヨスタトの長い睫毛が落とす影……その下で規則正しく瞬く目はこちらを窺いながら、どうあしらえばこの浮わついた台詞をやめさせられるか、船をこぎながらもよく回転して方法を探っているようだった。思い付いたら教えてくれ。
「そんな顔するなよ、まんざらでもないだろ?嫌ならとっくに俺をここから叩き出してる……」俺は腕っぷしに自信がある方じゃないし向こうは腐っても元プロ、力は拮抗してるにしても技で負ける。
「やられっぱなしは癪なんだよ」引退した殺し屋はわざとらしく憎々しげな調子で呟いた。「考えてもみろ。今週二回目だぞ、甘ったれのお前の相手をしてやるのはな、これで結構疲れる」
「優しいあんたが好きだよ」
 そう答えてまた新しい傷痕に指先を触れると、ヨスタトは妙にくすぐったそうな顔になった。それから突然俺の肩に腕を回すと、そのままの勢いで引き寄せてこう囁いた、ジルナク、お前だって綺麗だよ……自分じゃ不細工だの薄気味悪いだの言ってるが、俺にはそうは見えない……
「ヨ、ヨスタト」悲しいほどにどもった直後にばたばたと慌ただしく転げ出た音はひどくもつれて無様だった。ヨスタトの名前はもうちょい発音がスマートだ。「見え透いたお世辞は失礼だって誰かに習わなかったか?」
「お世辞だと思うか?」
 俺はげんなりした。バーで会ったら間違いなく一杯目を空ける前に相手を夢中にさせるであろうヨスタトのとろけるような微笑と眼差し、それから額から頬から顔のあちこちに落とされる温い口づけにどうしようもなくげんなりしていた。していたと思うんだが、口をついて出る悪態は振動を欠いて頼りなかったし、昼の間ビーチの太陽に焼きまくられたように、身体中熱かった。