イスパ・ジルナクは傍らで憩う同居人の頭をゆっくりと撫ぜた。艶のある黒髪の柔い指ざわりがひどく懐かしく思われたが、その根が記憶のいかなる層に達しているかは、己のことながらどうにも判りかねていた。そこで彼は恋人の額に軽い口づけをひとつ落とし、鼻梁の描く不完全な直線を視線で追った。幾何としては不完全でも、生物の造形としてはこの上なく完成されている、とジルナクは感嘆した。体温にはうっすらと煙草の香りがまとわりついていた。それは値段こそ安くはないものの決して上等とは分類できぬ粗悪品で、国産の煙草はみなそうだった。ジルナクは嫌煙の二文字を標榜しながらも、同居人の汗にまざりこむこの快からざる香りを愛し、情欲を煽られることすらあった。彼は頭を撫でるのに使っていた手を鈍い動作で下げていくと、より性的な意味を孕んだやり方で他人のかたちをなぞった。無遠慮な指が凹凸の境を越えるたび、相手は身じろぎし、温い息を吐いた。ごく微量の水蒸気は部屋の湿度に溶け合って、寝室のけだるげな気配を、いっそう不明瞭なものにする。「けだるげな」という形容はこの午後を的確に言語化しているようだった。ジルナクはわずかに身を起こし、長い睫毛に縁取られた弛んだ曲線の間から、灰色の瞳をさし覗いた。眼球の潤いは午後の光をよく捕らえ、曇りなく凝結した厳冬の未明の大気に、終わりかけの夏がきらめきながら落ちていった。
「ジルナク、あなた私を愛してないでしょう」女は唐突にこう口にし、死んだ魚が水面から白い肚を晒すように、なめらかな肌を惜し気なく強い日に曝した。愉快げに転がした声の残りは溜息に変化し、それととともに、均整のとれた肢体が小花柄のシーツの上に伸びた。「私の髪が黒くて、目が灰色で、あなたを甘やかすから好きなのよ。昔自分を置いていった男に似てるから」
「そうだろうな」
男は女を抱き寄せて、肯定の返事に色を添えた。女は喜んで応じた。恋人を自説に籠めた彼女は、戯れの問いを重ねた。
「ねえ、私に子どもができたらどうするの?」
「男ならヨスタトと名付けるさ」