ディストピア

 俺はアパートの23階にいる。きっかり23階という訳でもない、どちらかというと23階といったありさまの踊り場の一つ目で、ざらざらした手すりの上面を触ってただただ困り果てている。というのも目指すべき下の階は礫ばかりの粗悪なコンクリートで埋められていて、来た方、つまり上階へ取って返そうにも俺はヨスタトと喧嘩したばかりで顔を会わせるのがひどく憂鬱気味なのだ。進退窮まるとはまさにこのこと、にっちもさっちもいかないまま吹き込んでくる寒風にうなじを撫でまくられて、心臓の芯まで凍えてしまいそうだ(ヒトの心臓に芯はない)。遥か地平線に目をやれば、茫と煙った遠景のすべてが、ひどく几帳面に・あるいは神経質に切り分けたバターのような黄色の団地で埋め尽くされてしまっている。喧嘩の原因はこれだった。焦点を手前に手前にずらしていくと壁は鉛色になっている。俺は黄色い壁のアパートが良かったが、ヨスタトは無彩色でなければだめだと突っぱねた。無彩色、それもできるだけ主張せず他人から容易に忘れ去られてしまうような色がいいと。だのにこちらが折れて一緒に住んでいると、俺の油断した間に出ていこうとするからふざけている。すんでのところを捕まえてよくよく聞いてみれば、なに簡単なことで、灰色の家がやっぱり嫌になった、ということであるらしいのだ。むかっ腹が立ってきた俺はチチチと舌を鳴らした。ひとに黄色い壁を諦めさせておいてなんだ、と不平不満の虫が鳴く、俺はみんなと同じことがしたい、みんなと同じになりたいのだと訴えたあの日、あの男が二度とみんなと同じにはなれないと説くから俺は諦めたのだ。今度ははらわたが残らずひきつれてしまいそうな悲しみが襲ってきた。立っているのもやるせなく、俺は階段に腰かける。こうしているうちにあいつがここを去ってしまったらどうしよう。いい点は部屋に戻れるということで、悪い点はまた置き去りぼっちを食う羽目になることだが、そのどちらもおあいにくさま、このアパートにはエレベーターがなく、唯一の手段はコンクリートで埋められている。

 というような夢を、近頃よく見る。ヨスタトは俺の隣で寝るようになった(あるいは逆)。多分そのせいかもしれない、こんなのはふつうじゃないからだ……