ヨスタトは帰って早々、俺に文句を言いたげにした。俺が寝そべっているソファの前につっ立って、あのぞっとするほど澄んだ灰色の瞳で見下ろしている。こいつが何を言い出すか、言い出したいのかは手に取るようによく分かった。さっきオーブンに放り込んで適当につまみを回した鶏が焦げている、香ばしすぎるその匂いは優雅にたなびいて俺たちの間に溜まる、気のきいたテキスタイルに染み込んで、面倒な洗濯を俺たちに強いることになる……
「学校をやめたんだってな」
「まあな」俺はできるだけ気楽に見えるように、頭の後ろで手を組んだ。事実気楽だった。「別にかまわんだろ。あんたに迷惑はかけてない……訳でもないが、ヨスタト・ツァーレクはその程度の迷惑なら気にしない事になってる」
大体の人間はこういう物言いに対して怒りだすが、予想通り彼はそうでもなかった。一生懸命鳥博士を目指していた弟分の心変わりに戸惑ってみせることもなければ、よく面倒を見てやった同居人の乱暴な言い草に悲しんでみせることもない。ただ若干の非難と、あとは単なる疑問、それだけだ。訝る様子もあるものの、まあそいつは俺の忘れた(そしてだめにした)晩飯についての事だろう。蒸し暑いはずのリビングに乾いた空気が流れ、やがてだんまりに飽きたヨスタトから、勢いのない次弾が飛んだ。
「どうして」
どうしてもこうしてもあるもんかよ。待ちかねたように答えてやる。俺はな、ヨスタト。お前のおもちゃじゃないんだよ。ヨスタトは神妙な顔で聞いている。
「善行ってのは積めば積むほど気分がいいよな。けど俺はあんたが居なくなってから十年後くらいに『あいつのお陰で……』なんて感謝する生き方はしたくないんだよ。もう覚えちゃいないか、俺は寒い所のほうが好きなんだぜ。こんなクソ暑い所に来てまで弟ごっこで遊ぶより、ニレで爆弾でも作ってるほうが余程楽しい……」
「それでも夢だったんだろ、研究者が」
「それならパイロットでも狙撃手でも選び直させてもらいたいね。まあ、こんな目じゃどっちも門前払いだな……」視線を落とすと、綺麗に手入れされた新品の義足が目に入る。こっちに来てから、腕のいい職人を探したのは俺だった。ヨスタトに恩返しがしたいとかなんとか、親友に助けを借りながら。「人の夢なんか放っとけ。俺もあんたの夢の話はしないでやるよ。くそったれ、冷え込むと足が痛むとかぼやいてた癖にニレになんか戻るな。あのチケットは俺が貰うぜ、金なら置いといたからあんたは代わりのを買えよ。じゃあな、さよならだ……」
俺は勢いをつけて起き上がり、疲れた顔の男の脇を通って寝室へ向かった。それから、昼の間にまとめておいた荷物を下げて戻った。ダッフルバッグはあまりにも軽すぎて笑いを誘った。ヨスタトは汚れたオーブンの後始末を始めているようだった。俺はその丸めた背中へ、声もかけずに出ていった。感謝も謝罪も、掃除と焦げた鶏以上の意味にとられちゃ困る。
イズカイアの薄闇は妙に重たくて鮮やかだった。俺は向かいの家の明かりを見て、突然やりきれない程懐かしいような気持ちになった。こんな終わりになるなんて。