安心一錠、安定二錠

 油断した。向こうの部屋でテレビでも見ていると思ったヨスタトが、俺の手元の錠剤を見とがめて聞いた。それ、何だ?俺は答えた。サプリメントだよ。決められた数をくみかけの水で飲み下し、肩をすくめる。ケースを手の中に隠す仕草が気にさわったのか、おせっかい野郎は俺の説明に納得しなかった。
「おい、なにがサプリメントだよ。それならこそこそ飲む必要あるか?」
「うるさいな」
 俺の口ごたえはさらに気にさわったらしい。ヨスタトの眠そうな灰色の目は、昔の仕事を思い出したように鋭くなる。
「ジルナク、まさか──」
「違うよ。畜生、なに考えてんだ。そんなに俺が信用ならないか?これがヤクかってんなら、違う。退学にはなりたくない」
「じゃあ何だってんだ」ヨスタトは物を投げあげるように片手を放った。いらだちが滲む動作のあと、溜息で仕切り直してこう言った。「お前、病気なのか?」
 風邪薬と誤魔化すこともできなくはないが、きっとまた納得しないだろう。早いとここいつをどけないと俺はキッチンで寝ることになりそうだ、俺はやれやれといった調子でかぶりを振って、キッチンマットのテキスタイルに目を落とした。わけのわからん柄だ、ヨスタトにこのへんのセンスはないかもしれない。
「病気だよ。先月から医者に通ってる。ネルが紹介してくれたんだよ、叔父さんを……」沈黙が降りる。ヨスタトは口を挟まない。「心配性だよな、たった一回死にたいって言っただけで。でも、悪くないよ。おかげで最近よく眠れる」
 痛いほど視線を感じたが、それでも顔が上げられなかった。無言の中に疑問符が漂っている。悩みがあるならなんで俺に相談してくれなかったんだよ、とか、そこまで押し付けがましくないが、適当に翻訳するとたぶんそうだ。俺は唾を飲みこんで、時間をかけて深呼吸した。
「ヨスタト、何も相談しなかったのは、あんたが頼りないとかそういう事じゃない。あんたが、あんたが俺の悩みの種そのものだからだよ」
 息が苦しくなりだした。こいつは荒療治だ。ちゃんと話したほうがいいとは言われていたが、大変だろうから少しずつ、できればリラックスした状態で、なんてのが条件だった。こんな風にいきなり洗いざらいぶちまけるのは、ちょっとよろしくないだろう。頭の中で血が逆流するような感じがある。続きを話したくない。
「俺にとって……ストレスなんだ、毎朝あんたがベッドにいるかどうかとか、夕方職場から帰ってくるかどうかとか、飛行機のチケットを隠してないか、貯金を下ろしちゃいないだろうか、そういうので気を揉むのはさ。普通に話してても、どっか遠くを見てるようで不安なんだ。俺がネルに言ったのはさ、ただ死にたいっていうんじゃないんだよ。あんたが俺の前から消えちまう前に、死にたいって、そう言ったんだよ……」