巣立ちによせて

 俺はヨスタトの特別になりたかった。彼の胸に空いた穴を埋めようと頑張っていたあの頃の努力の虚しさを思うとどうにも笑いだしたくて仕方なくなる。それから彼が消えた日の混乱……今日が昨日の続きで、明日は今日の続きだと疑っちゃいなかった。ゆっくりと狭まる瞼の間であの灰色の瞳が蕩けるような甘い光を湛えた夕さりのひと時、僅かな残照を滲ませた山際の紅色は互いの温度を惜しむ口づけの印象の淡さに似ていた。予感はあったのだと後悔の中で幾度となく思い返した一瞬がこれだ。翌朝空っぽになっていたベッドと引き出しの中に丁寧に並べられたヨスタトの持ち物は、もう少しで置いてけぼりをくった哀れな隼を引き裂いてしまうところだった。俺は後を追っていこうとしたが、ここで積み上げた人生が重すぎて飛べなかった。彼がニレから持ってきたものは家のどこにもなかった。南に来てから迎えた彼の初めての誕生日に贈ったライターは一人になった次の日に叩き壊してしまった。単なる衝動と認識していた暴力は、振り返ってみれば滑稽な自分の失敗を早いところ片付けてしまいたかったというだけのような気がする。ヨスタトは失ったものが大きすぎてうまく立つことすらできない有り様だった。俺は彼のなくした脚の代わりができたらと一度ならず自惚れたが、実のところ妙な場所から生えた邪魔な突起に過ぎなかったわけだ。何を得ようと余剰にしかならない悲しい欠損者。ヨスタトの胸には「彼女」の形の穴が空いていて、幸福や未来はそこから千切りとられてしまっていた。誰も代わりにはなれない。
 売約済みの札のかかった我が家を眺めると、剥がれかけのペンキにまで思い出が詰まっていて笑えてくる。ジルナクは彼を諦めてしまった。もう二度と帰らない相手のために夕飯を作る暮らしは終わりにしたい。俺はヨスタトの特別にはなれなかった。ただそれは喜ぶべきことで、嘆いても仕方のないことだ。籠を離れた鳥はどこを飛んでいるだろう、できればもう少し住みやすい場所に巣をかけてくれていたらいい。もう少し正しい場所に。近頃はそんなことを考える。