俺は魚になりたいと思った。結構前まで鳥だった。サミダレミツスイ。 今は違う、魚だ。あんたの瞳の中を泳ぎたいな。綺麗な水の冷涼さとは縁もゆかりもない埃っぽく薄暗い部屋の中、裸電球はスポットライト、近々開演の舞台の主役を照らし出していた。どうしようもない。セムテックスがもっと手に入れば良かったんだが、このご時世監視が厳しい、どいつもこいつも足下見やがって。俺は寄せ集めの爆薬でなんとか衣装をこしらえて、みすぼらしい装いで舞踏会に行かなきゃならなかった。乱雑な机の片隅に、パスポートが置いてある。未練がましく。俺はこの、今は紙くずでしかない冊子を眺めていると、灰色の海を思い出す。俺に自由を押し付けて、あんたの未来には南国の素敵な珊瑚礁なんか映っちゃいなかったな。
「そうはいかないぜ、今回ばかりはあんたもしてやられたな」
俺はひとりごち、笑みを浮かべた。これでいいさ、ヨスタト、お前の思い通りになんかさせるかよ。木枯らしが駆け抜ける表通りに、サイレンの音が鳴り響く。