甘い休日

 妄想たくましい俺はその女の子を見た瞬間、結婚式で泣きながら新婦に花かんむりをかぶせてやる自分の姿と、弟の腕に抱かれたちっちゃな赤ん坊と、その子の十歳のお祝いに用意したプレゼントの山なんかを思い描いた。弟のガールフレンドは愛想笑いをしていたが、俺がビスケットを用意しにキッチンへ消えた後で『ジルのお兄さんってちょっと変わってる』と囁きそうなのは明らかだった。この間女房役に言われたこととそっくり同じだ、『お前ってちょっと変わってるよな』。普通は恋人の写真を入れるもんだぜ、と指差されたロケットには弟の仏頂面が入っている。いいだろ、これだけ歳が離れてると息子みたいなもんなんだ、俺は弟のあどけない顔を見ながらそう思った。ジルナクは緊張した面持ちで自分の兄貴とガールフレンドの顔を見比べている。
「あー、これが俺の兄貴」
「はじめまして、ラムノクだ。こいつの兄貴をやってる」
「ふふ、はじめまして」
 笑顔とともに告げられた名前は彼女のイメージにぴったりだった。優しい垂れ目と柔らかい顔立ち、瞳の色はきらめくブルー、肩までかかるブルネット。とびきりかわいい。
「そうだ、お客をもてなすのにこれじゃあんまり殺風景すぎる」俺の両手がテーブルクロスの小花柄に影を落とした。「ちょっと待っててくれ、いまおやつを用意するよ」
 弟の制止を聞かないふりではたき落としてキッチンに向かい、耳をそばだてていると、やっぱり予想通りの台詞が聞こえてきた。ビスケットの袋を傾けながら考える、こういうのが俺の守りたい小さな幸せなんだ。休暇は短く、終わればまたわけのわからん森のなかだが、嬉しいことにまだ明日と明後日がまるまる残されていた。特に明日は最高、豪勢なディナーは計画通りで、店の予約はばっちりだ。鼻唄混じりに紅茶の缶を開けると、ダイニングから若い二人の笑い声が聞こえた。