俺はヨスタトを売ることにした。どうしてかはよく分からない。ただ、もう少し今のままのこの国で生きていたくなっただけだ。結局、兄貴を殺したのもあいつの婚約者を殺したのもニレでありジェンチリだったが、一方でこの不都合な真実が白日の下に晒されるとなれば、きっと別の誰かを新しい不幸に陥れるであろう、ということは、あまり出来のよくない俺の頭でも予想がついていたから、どっちの正義を選ぶかって話だった。こんなのでも兄貴が守った国だ。俺は局を出て左に向かった。サンナの目抜き通りには暇そうな親子連れだとか仕事をしていない爺さん婆さん、もしくはただ飲んだくれているだけの悲しい失業者、学生らしい堕落した服装の若者、そんなような一般市民の方々がうろうろしていた。こいつらのささやかな生活を守ってやった、そんな気になってどこか虚しい。報奨金の振込みはいつになるだろう。それまでに前借りで贅沢でもしてみようかとその辺の店を探していると、ふとあの親切な男の笑顔が頭をよぎる。実のところ……俺はあいつが逃げたいと言った時、一緒にどこか気のきいた観光地にでも行かないか、などと提案しようかかなり迷った。駅でもそうだった、あいつが無責任に押し付けてきた孤独な旅行を今からでも二人ぶんにできないか、そう聞いてみたくて仕方がなかった。話しているうちそんな誘いは無駄なことだと感じられたからやめにした。おせっかい焼きの上司殿は全く、どこへ行くにも一人が良さそうな顔をしていた。回りくどい心中も好みじゃなさそうだった。なら俺はちょっとお小遣いを貰うことにするよ。自分で思っていたよりもずっと恨み言の調子を帯びた台詞に、俺は声を出さず笑った。折よくさしかかったのは俺の母親が生きていたらまあ間違いなくご贔屓にしていたであろう小洒落た喫茶店で、足を止めて眺めていると、内装もそこそこ雰囲気良さそうだった。あいつは甘党だったかな、なんて考え始める腑抜けた自分に呆れ果てながら扉を開ける。店の中には紅茶のいい香りが漂っている。ケーキでも食おうかな。