築年数のかさんだ建物だからか、本心では止めにしたいのか、梁はいかにも頼りなげに見えた。この方法は汚くて望ましくない、ジルナクは苦りきった。この方法は後ろから二番目だった。だがこの方法を嫌ったところで詮無いことだった、要は簡単で確実なのだ、この方法は……ガスの元栓を緩めても、この部屋は隙間が多すぎ、失敗が目に見えている。血を見るのは怖かった。電車を使うのは迷惑、薬を買う金はない。二階下の住人が使ったパラコートは苦しそうで、飛び降りは死に損なって今より惨めな境遇に転がりそうである。若者は疲れきっていて、もうやめにしたかった。
『ヨスタトはどこへ行ったろう。あいつは俺をかわいがってはいるが、些とも愛しちゃいない……』
彼は自死の件も含め、選択肢について考える事が多くなった。あの時逃げるべきだったかもしれない、南の国でなくてもいい、もう少し暖かいところで、親切のありがたみを噛み締めながら暮らしたら……あるいは夏など待たずに、ヨスタトの背を押して、列車に乗れば良かったか。ここに居たところで、景気が上向く期待もない。ヨスタトはここ何日か、同居人を喜ばせようと躍起になっているようだった。何が気に入らないんだ、ジルナクはいらだったように、くず山で拾ってきたかたわの人形を、乱暴な手つきでベッドの端に据え付けた。人形でなくて友だちがそこに座っていたならばどんなにかいいだろう、そう思いかけて、彼はひどく悲しげな顔になった。時折みる夢の中で、義足の友人は機嫌よく冗談を言い、笑っているのだった、ちゃんとしたビアを飲みながら……爆弾の作り方は、もうどの本にも乗っていない。この生活はなんだろう。掛けちがえたまま、とうとう下まで留めてしまったボタン。噛み合わないまま、組み込んで納品してしまった歯車。何もかも手おくれのようで、それはずっと昔に書かれた署名の存在に、たった今気づいたという感じでもあった。どちらにしろ、身勝手でこれを始めたのはジルナクだったので、無意味な日々を終わらせるのも、彼の役目というわけだ。
脱いだ靴を揃え、脚の長さがふぞろいな椅子の上に乗る。手にした縄を古びた梁へ巻きつけて、あまり複雑でもない結び目を、ぐずぐず時間をかけて作った。穴のあきかけた靴下を見ると、こうする前に繕っておけばよかったなどと、つまらないことが頭に浮かんだ。それでも後戻りはできなかった。ヨスタトはもうすぐ帰るだろう。そして友達らしからぬ優しすぎる手つきで肩を抱きながら、とびきりの甘い言葉を囁くのだ。ジルナクはぞっとして身震いした。ヨスタトをあんな風に変えてしまった自分のエゴが恐ろしかった。また、ヨスタトのことがかわいそうだった。まだ間に合うだろうか、そう考えればようやく決心がついた。彼は縄目を確かめると、つくった輪を首にかけ、ゆっくりと息をついた。あとはもう踏み出すだけだった。
だがいよいよという時になって……部屋を満たす静寂に、甘いさえずりが紛れ込んだ。もうすっかり布の剥がれた東向きの窓の割れ目で、クロマツヨイが歌っていた。節回しは拙いものの、美しい声だった。ジルナクは縄を首から外すと、音を立てないように椅子から降り、息を殺して忍び寄った。窓辺の鳥はやや長い尾をもつ、手のひらほどの小鳥である。小刻みに向きを変え、黄色い線の一本入ったくちばしを開く。そこから見える舌のピンクをもう少しはっきりさせたいと、盗み見していた観察者が考えなしの一歩を踏むと、人見知りの小鳥は慌てて外に飛び去った。外はほとんど夕闇に呑まれていたものの、マツヨイの仲間は夜も飛ぶのだった。ジルナクは瞬きした。鳥を見に行こう。そうだ、どうにか路銀をこしらえて、西の方へ……幼いころ読みふけった図鑑から、森や湿地や高原の名前が、にこやかに手招きした。彼は居ても立っても、という調子でばたばたと身支度し、蝶番の歪んだ玄関扉から、足早に出ていった。目深に被ったキャスケットと肘の擦り切れた上着のほかは、何も持っていかなかった。