疲れた鳥のあやしかた

 俺は困惑した。ヨスタトの唇と湿った吐息を首元に感じる。俺たちは確かこれから寝るところで、電気を消した同居人はまっすぐ自分のベッドへ入ってそのまま朝までぐっすりの筈だった。俺はあらぬところへ這っていこうとするヨスタトの左手をなんとか押しとどめ、これ幸いと逃げていこうとする自分の理性のしっぽを捕まえた。俺の抵抗を無視した彼がキスの合間に甘噛みする度そいつはひどく暴れたが、俺だって大人だ、多少の苦労はしたものの最終的にはきちんとこの魅力たっぷりの身体を押しのけるに至った。向けられた眼差しには、なんて目で見るんだ、と言いたくなる程露骨な誘いの色が浮かんでいて、俺はほとんどうんざりしかけた。ヨスタト、やめろ、やめてくれ。
「どうしたんだよ、こんな」俺は意味ありげに押しつけられる脚の感触に怯えた。この長さの足りない左脚は、いつだって俺の邪な興味の対象だった。「あんたらしくない」
「それはお前がどれだけ俺を知っているかによる」
「俺の知ってるあんたは、ウウッ、こんな風にガキを誘ったりしない。なあ、ヨスタト……おい、いい加減にしてくれ、くそったれ、なんだよ!」
 ヨスタトはまともな会話を放り投げ、再びけだもののコミュニケーションに移ろうとした。信じがたいことに彼は泥酔しているわけでも高熱があるわけでもなさそうだったが、正気のほうは無事かどうか怪しかった。脇腹を滑る素手の感触に鳥肌が立つ(程度の微妙なジョーク)。蒸し暑くやかましい南国の夜にはどことなく本能に働きかける趣があり、俺は鼻腔をくすぐるヨスタトの匂い──石鹸、人間、わずかな汗、それから煙草の香り、これらが微妙な混合で互いの角を取り張り出しを付け加え、といった具合のもの──に酔いかけていた。これが毎夜のことなら俺だって今すぐこいつの首っ玉にかじりつきたいところだが、生憎と俺たちはそういう関係にないし、普段これと同じやり方で相手をうんざりさせているのは俺のほうだ。だからうす汚い欲の方はうっちゃっておいて、理性のほうをこそ撫でさすってしゃんとさせておかなきゃならなかった。俺はハンサムな恋人もどきの胸をもう一度押し返し、拒絶の意思をはっきりと示した。
「ヨスタト?」
「俺はお前を甘やかしてやっているのに」耳元で声がする。八割が吐息。「お前は俺を甘やかしてくれないんだな……」
 思いがけず頼りなげで不安の滲む声色が、不思議と昔の記憶を呼び起こした。俺の目が両方とも無事だった頃、大好きだった大きなふくろうが、帰って来た時たまにこういう声で俺を呼んだ。ジルナク、ちょっといいか?それを聞いた俺は黙って傍に行き、傷ついたラムノクの身体を抱きしめてやったものだ。狙撃手はきつい仕事だ、子供を撃つことだってあった。ヨスタト坊やはきっとお昼寝をして、怖い夢でも見たんだろう。こいつを抱きしめてくれる相手は、悪夢が始まった時にはもう居なかった。兄貴の返す抱擁はいつだって強すぎて骨がばらばらになりそうだったが、悪くなかった。まったくもって。
「俺はあんたを甘やかしたい。普段欲しがらないぶんたっぷりかわいがってやりたいさ、でもこのやり方は間違ってる。あんたに必要なのはこっちだよ」
 俺はヨスタトを力いっぱい抱きしめた。一瞬こわばった身体から、徐々に力が抜けていくのが分かる。それから行き場に迷った両手が、俺の肩の後ろと頭の横で落ち着いた。のしかかられる形になって苦しくないわけじゃないが、いかつい軍人のハグに比べたらものの数にも入らない。彼が受け入れてくれたのが嬉しかった。やっぱりあんたは兄貴に似てる。ヨスタト、ほら、俺は生きてるよ。