その胸に翼もて

 昼夜の狭間の強すぎるコントラストが、彼をタールの海で溺れさせた。コンパートメントは光と影の二色刷にされていて、時折真向かいの景色にのぞくむごたらしい火傷痕を飾った人間の顔は、否が応でも私に怖気をふるわせた。ニレ生まれだというその男は、大昔に巻き込まれた事故のせいで醜男になったのだといい、ごく朗らかな声で笑った。私は旅の道連れが挨拶とともに入って来たとき、反射的に視線を逸らしたが、後に詫びた非礼を彼は同じように笑って許した。この男の顔は右側が焼け爛れ、側頭部にかけて大きな範囲で正常な皮膚が失われていた。同じ側の目は白濁し、ひとつきりになった青が、ニレ人の多くがもつ美しい淡い青が、ごく穏やかに私を観察した。この男は名をイスパといい、私の国の言葉ではうまく発音しにくかった。
「シニカからナ=トロイケまで行く。そこから先はまだ考えてないが、多分観光してる暇はないだろうな」
 驚くべきことに、この男は遠くイズカイアからはるばるここまでやってきたのだという。この軽装で、随分な長旅だと感心した。もっとも、ザックひとつきりの荷物はむしろ、旅には向いているのかもしれなかった。少なくとも私の満杯になって人ひとりぶん程もあるトランクの重みに比べれば、遥かに身軽で乗り換えも簡単だ。南の楽園を逃げ出した理由を聞くと、旅人はおそろしげな傷痕を歪めるようにして笑い、こう答えた。
「人を探してる。俺の恩人さ。どれほど世話になったか分からない」
 ニレ人は夕日を眩しがるような顔をした。向かい合う私ではなく、懐かしい誰かを眼前に見るような目つきだった……あるいは単に、色素の乏しい瞳に西日が染みただけだったかもしれない。私はその「恩人」について根掘り葉掘り聞き出すかわりに、人探しそれ自体について質問した。何を手がかりにナ=トロイケへ向かうのか、そこに目的の人物が居るのか……
「さあな。多分ひと足違いだろう。ワウドロの占い師に聞いたんだ、シニカで列車に乗れってな。手がかりらしい手がかりはないさ。ただ、どこに行けばいいかは分かると言われた。確かにそうだった、"しるべはどの道においても同じ"」
 彼は骨ばった長い指でこちらを指した。私の上着の襟元では、白い小鳥が翼を広げている。祖母から貰ったものだ、と説明すると、彼はほのかにうっとりとしたまなざしでブローチの縁を撫でながら、次のようなことを教えてくれた。
「ユキチョウだよ。脚のかっこうで分かる……あんたのお祖母さんは趣味がいい」
 陽は徐々に山際へ沈んでいった。暗闇がどこからか注ぎ込まれ、我々が呼吸する空気にも、夕さりの郷愁がほのかに香った。私が短い相槌を打ったあと、イスパはもう何も喋らなかった。訪れた沈黙は、私に祖母を思い出させた。彼女の淹れる濃いお茶の味、ひと匙の甘い蜂蜜……