暖炉のそばでうずくまるきみを見ていると、昔飼っていた犬を思い出す。それを口にすると、きみは抱えた膝に頭を乗せたまま、首をかしげるようにしてわたしを見た。炎の揺らぎをそのまま映した瞳の青はもっと別の色に変わっていた、どんな光もその身の内で溶かしてしまう樹脂の色。虫の代わりに、だらしない格好の男が一人閉じ込められている。
「あれは祖父が居なくなってしばらくのことだったか、多分森から来たんだろうが、餌をやったらそのまま屋敷に居着いてね。一体何の血が混じっているのか分からないような犬ころだったが、とても賢い子だった。冬になるとわたしに寄り添い、そうやって丸まっていた。きみに似ていたよ、あらゆる意味で」
他の人間なら怒り出すような文言が混じっていても、きみは気にしない。わたしの失礼な言葉選びには慣れているし、滲ませた親愛の情に気づかないほど貧しい感性もしていない。
「友だちだったのだね」
「そうとも。二年ほどわたしの友だちでいたが、他の人間にはなつかなくてね。特に父には、どんなに言い聞かせても牙を剥く。だから撃ち殺された」
しばらくの沈黙がわたしの喉を温める。銃声と短い悲鳴が、薪の弾ける音に重なった。
「賢い子だったのに」
いまここにいる賢い子は、ただ穏やかに膝を抱え、じっとわたしを眺めている。向ける瞳の潤いは無垢で誠実、このまなざしはいかなる虚飾も容易に剥ぎ取ってしまって、むき出しになった寂しさをゆっくりと包み込む。わずかな日々だが孤独を埋めてくれた、あの毛むくじゃらの友のように。
「わたし以外の人間には言わないほうがいい、父親が殺した犬に似ているなどと」
「知り合いであの子に似ている人間はほかに居ない。きみだけだ」
「本当に?」きみは笑う。「嬉しいな」
冗談を返したという風でもなく、単純に、純粋に、嬉しそうだった。いまだにこれが夢ではないかと訝しむことがある、このいとけない子供のような面差しの聖者、彼が安らかに憩う日々を、手放しに信じて良いものだろうか? だがこの情景は泡沫と消え去ることもない。あれこれ思い煩わず、素直に享受すべきなのだろう。元来わたしは大して悩まない。俗世のぬかるみで育った心には既に、ささやかならぬ贅沢を楽しむ欲が芽生えてしまっていた。
自分に似た犬が撃ち殺されたと聞いても動揺しなかった癖に、わたしが近づくと彼は狼狽えて身を引こうとした。これから何をされるか分かっているのだろう、顎をなぞるわたしの手を押さえ、ためらいがちに言う。
「待ってくれ、きみは……」
「いけないか?」
本気で拒むつもりなら、わたしの手首はもっと痛む。きみの抵抗はほとんど形だけのものだった。
「それならやめておこう」
「いや、構わない。構わないんだが」きみは困り果てたように目を閉じた。「まだこういう事には慣れていないんだよ」
「慣れなくていい」
きみの唇はなんの味もしない。ただ生き物らしい柔らかさとぬくもりで、わたしに幸福を与えてくれる。きみにどれほど救われたことだろう、初々しくこわばった体を抱くと、手首を掴む指に優しい力がかけられる。きみはわたしの戯れを拒まない。あのかわいい犬が、わたしには何でも許してくれていたように。
暖炉の火はあたりを一定の彩度に保ち、われわれはこの素朴な絵の中で、満ち足りたひとつの影法師に変わっていた。