概ね普段と同じ段取りの夜だったが、今日のきみは何か用事ができていたらしく、歌い出す前にほんの一瞬躊躇してこう切り出した。
「アーサー、馬鹿馬鹿しく聞こえることを承知で質問したいんだが、きみはその……」
「わたしがきみを気に入った理由か?」
彼はそんな必要もないのに、きまり悪そうに目をそらした。「どうして分かるんだ。いつも先回りされてしまう」
「わたしを誰だと──あるいは何だと──思っている? きみの言いたいことくらい分かる。理由か、いいとも。それを話すなら長くなるぞ、朝までわたしの喉を痛めつけるつもりなら頷いてくれ。……そうか、なるほど。では縮めることもできなくはないさ、少しばかり口惜しいがね。もう少しこっちに来てくれ」
きみは言われた通りかがみこんだ。
「もっと近くに」
純朴な小鳥は思惑通り鼬の巣穴に踏み込んだ。ほとんど口づけの距離まで来ていた彼を捕まえて、本当に唇を捧いでやる、いつもより深く。きみは火傷でもしたかのように素早く身を引いて、その拍子にほとんど倒れそうになった。床に転げなかったのが幸いだ、日頃とり澄ましている癖にこれはなんと無様なありさまだろう、笑いがこらえきれない。
「きみのそういう所が好きなんだ、他人の善性を盲信するということはないが、一度心を許すと、疑わない。商人なら決して生き残れないが、聖職者にはぴったりの才能だ」
たった今もて遊ばれた男は心底呆れたように息を吐いた。
「そういうきみは傲慢だね、“貴族にはぴったりの才能だ”」
これは驚いた、皮肉が飛び出した。「傲慢? このわたしがか?」
「そうだ」彼は指の背でわたしの額を軽く撫でた。表情は柔らかい。「わたしが心を許したなどと」
「そうでなかったら困る。迂闊で不用心な小鳥は籠に閉じ込めておかなくては」
返事の代わりに降ってきたのはふざけた替え歌で、籠の内をこそ外だと思いこんでいる滑稽な小鳥が、格子の向こう側の人間にかいがいしく世話を焼いているのだった。小鳥と人と、どちらを務めたものだろう? わたしは悪ふざけをやめて目を閉じ、暗がりを舞台に踊る空想が夢に変わるのを待った。