「こら! アーサー、座りなさい」
いやだ! とわたしは叫んだ。この小うるさいお節介焼きの母親気取りの言うことなど聞きたくなかった。わたしは全くの健康体で、ただほんの少し調子が悪いだけだった。調子が悪いというのは、かなり遠くからきた本物の魔法使いがわたしの歯を面白がって盛った薬が解毒できていないことで生じた不都合ということなのだが、今やわたしの顔はほとんど獣頭といってもよいくらいの変容を遂げており、和毛に覆われた赤錆色の尖った耳は、どんな些細な音ですら──例えば毅然としてわたしを椅子に押し留める彼の上着の衣擦れの音とか、普段は慈悲深い筈の両の手が掴んだわたしの手首や肩の骨の軋む音とか、そういった捨て置くべき雑音を漏らさず丁寧に拾い集めた上で、その几帳面さも嘘のように乱暴にわたしの頭の中へ放り投げていた。同じ色の毛ですっかり覆われてしまったわたしの口は前に向かって突き出しており、先端にはご丁寧に黒々とした湿った鼻がついていた。この鼻というのも厄介で、物心ついたときから役立てている便利この上ないわたしの力よりもいっそう鋭敏に、彼の香りを伝えてきていた。今彼が何を考えているか、呼吸しているだけで手に取るように分かる。まず言うことを聞かない強情なぼんくら貴族への怒り、それからあまり隠す気のなさそうな好奇心(彼は面白がっていた)、このふわふわとした見てくれを無邪気にかわいがっている気配、あとはこのまま戻らなかったらという恐れと、なんということだろう、それでもいいか、という投げやりな楽天家の匂いまで含まれている。思わず打ちならす歯は比喩でなく肉食獣の牙そのものであり、これにはのんきな司祭もやや面食らったようだった。それでも獰猛なけだものへの恐怖でなくわたしに食われるならそれもまた良しというような優しげな諦めが漂ってくるからこの男は憎めない。
「アーサー、いい子だから聞き分けておくれ」彼はどことなく老婆のような口調になった。「たかがこがね虫じゃないか」
わたしはこの発言に激昂した。今度こそ立ち上がろうと力を込めたが、その前に彼がわたしの膝の上に腰かけ、狂躁状態の獣の身体をなだめるように抱きすくめた。骨ばった長い指が、ためらいがちにわたしの耳の裏を掻く。気持ちがいい。きみは鞭を捨てて飴を与えることにしたらしい。
「わたしはこういうきみも悪くないと思うよ。ただ、あまり長い間放っておくのは良くないと、あの婦人も言っていただろう。もしそうしてほしいというのなら、わたしも一緒に食べてあげたっていい。しかし、蛙が良くてこがね虫が駄目というのはおかしな話だね」
ほのかに浮かぶ呆れ笑いに、わたしの怒りは再び勢いを増して猛り狂おうとした。すぐ側の机の上、美しい絵のつけられた磁器の皿の上では、忌まわしい緑の光沢を放つ五匹のこがね虫が、足を縮めてひっくり返っている。あの恐ろしい魔女は力あるものの常として、悪ふざけを唯一の解法としたわけだ。
「きみはあれを試したことなどないからそんな口がきけるんだ! あ、あ、あ、あれは最悪のさらに下だ」
と、こう非難したかったわたしの台詞は実際のところ大部分がくぐもったガウガウいう音として吐き出され、ほとんど人語の体を成していなかった。わたしはやけくそになって彼の頬を舐めあげた。長くなった舌はお喋りにこそ向いていなかったが、こうした用には完璧な仕事をした。彼は不快げに眉をひそめ、今日何度目か分からない「こら!」を言い放ち、しばらくわたしの顔をまっすぐに睨み付けたあと、襯衣の釦を開けておかなければ収まらないほどにふさふさと被毛の伸びたわたしの首元に顔を埋めた。
「こら。そんな風にわがままばかり言って、わたしを困らせて……」湿り気を感じ、わたしは彼が泣いているのを知った。涙の混じった声も、そこはかとない悲しみの香りも、その事実を揃って掲げていた。「それほど嫌なら構わない。だがきみはもう二度と、わたしと歌ってくれるつもりはないのだね」
それきり黙りこんでしまったこの友人に対し、わたしはすまないような気持ちになっていた。彼はいつでも正しい。たかがこがね虫程度の不愉快に駄々をこね、戻れなくなって一番苦しむのは、疑いようもなくわたしなのだった。愚かな犬が後悔の中で何を恋しがるかも彼は知っている。わたしの調子外れの歌声、それを楽しむきみの愉快げな笑みを、わたしは愛しているのだった。
「ロス」この一言できみは顔をあげた。唸り声にしかならないが、彼はわたしが何を言ったか理解しているようだった。「すまなかった。皿を取ってくれ」
彼はとろけるような微笑でわたしの鼻先に軽い口づけを落とし、卓の上から必要なものを取ってきた。わたしは唯一の薬をつまみあげ、彼の見守っているのを確認したあと、目を瞑り、ひと思いにそれを丸呑みした。
こがね虫の効果はてきめんで、わたしは自室でさんざんのたうち回った挙げ句、夜までには元の姿に復帰して、下手くそな讃美歌で彼を出迎えることさえできた。絨毯と寝具の上には信じられない量の動物の毛が山と残され、それをなんとかひとまとめにしようとしながら、わたしたち二人は声を揃えて笑った。