きみは間違えたらしかった。当然だ、見た目も香りも味も(ついでに瓶の形も)ブランデーそっくりに誂えられた友人謹製の下手物は、わたしの鼻でもかぎ分けられないほど精巧だった。ほんの少し香りつけに……お茶にでも垂らしたのだろう、きみはぐったりと机に伏せていた。あれはわたしを罠にかけようと作られた悪趣味な品で、香りつけ程度の量でも、節制と禁欲とに身を捧いで人生を歩んできた真面目な司祭を酔わすのに十分すぎる効き目があった。なければ彼の呼吸はこれほど乱れていないし、頬や目尻もこれほど血の気に富んではいない、余程暑くなったのか、シャツのボタンは三つ目まで開け放たれて、その下のなめらかな皮膚を惜しげもなく晒していた。考えるだに恐ろしい、この真面目な男が平素からこうであったなら、わたしはうかうか外出もできない。神には感謝しなければ。
わたしが名を呼ぶときみは体を起こそうともせず、ひどく緩慢な動作で此方に顔を向けた。熱を孕んだまなざしは尽きせぬ欲望に濡れている。あの愚かな好事家の同胞が、味気ないわたしから、それこそちょっとした香りつけに引きずり出そうとした欲というもの……邪な意図を隠蔽したいなら物それ自体より表情に気を付けるべきで、薄気味悪い笑みを隠し損ねる女から貰ったこれを、わたしは一滴も口にしなかった。効能については後日、退屈な展開に苦りきった彼女から直接聞いたのだった。すぐに捨てておけばよかったものを、取っておいたのは気の迷いだ。
「具合が悪そうだ。だらしない格好は好かないだろう、普段のきみなら。どうした? 苦しいのか?」
きみは目を瞑り、まさしく苦痛のうめきを漏らす。さぞや苦しいだろう、身の内で煮立つ情念をどう逃がせば良いのやら、清楚なきみが知る由もない。わたしは違う、何をしてやるべきか弁えていた。この男のことはよくよく知り抜いている。肩を抱き込むようにして形のいい耳へ唇を寄せ、こう囁く……
「友よ、これはたちの悪い風邪のようなものさ。じっとしていればいつかは治るが、苦しいとか暑いとかわめき散らして誰かに世話してもらったほうが、遥かに具合が良くなるだろう。きみは今めずらしく欲まみれになっている筈だが、我慢は良くない、嘘もいけない。何がしたい? わたしが力になってやる」
「わたしは……」彼は唇をなめた。「なにか読みたい。どの部分でもいい、なにか尊いものを、声に出して……それか讃美歌を歌いたい……」
「ではフィドルを弾いてやろう。他にはないか?」
「祈りたい……きみや、使用人……わたしの子供たち……わたしのきょうだい……わたしを含めたすべての罪深いものども、救いを求める人びとのために。ああ、もちろん導きと糧への感謝を……主の御名を讃えたい……今すぐ、わたしのロザリオを……取ってきてくれないか。アーサー、どうかきみのために祈らせてくれ……」
きみが縋りついてきたところでわたしは堪えきれなくなった、笑いと彼へのいとおしさ、その両方を。神への愛にその身を燃やす熾天使、おまえの望みは結局それなのだ。わたしは彼の主にとって代わることなど永遠にできはしないし、できないからこそ、この男を愛している。額へ口づけを落としてやると、彼のほうではわたしの左手をとり、熱心に接吻してみせるのだった。薬が抜けるのにしばらくかかる、恐らくは朝まで。
「さあ、離してくれ。わたしは今から色々と持ってくるものがあるからね。そこに居ていい、きみのきょうだいの手袋は部屋のどこにあっても、ひどくわたしの目につくからな……」