まだ明るいうちから

 わたしは彼にとっておきの特技を披露してやることに決めた。神の家から来た気取り屋はそれを受けとる決意をするまでに並々ならぬ努力を要したらしいが、最終的には来訪者を壁の内へ入れ、丁重にもてなしたのち大人しく寝台に転がり待つのだった。 わたしはうつ伏せになった彼にまたがり、ざっとその背を眺めやった。まだなに一つしてはいないが“手に取るように”よく分かる、この類いの洗礼を受けそこね、緊張にかたくこわばった彼の肉。期待できそうだ、と内心ほくそ笑むわたしをよそに、怯えに軋む骨の音、それからきみの匂いは何よりもはっきりとその両方を苛む不安を伝えてきていた。
 わたしは前触れなく彼に触れた。予想通り小さく跳ねた皮膚をなだめるように、ゆっくりと圧をかけていく。わたしにこの技を教えた東洋の男はとある医師の家で暮らしていて、芸は身を助くとはよく言ったもの、奴隷どころか王候貴族──いや、どこぞの伯爵家のどら息子のように、望むままの贅沢を許されていた。彼の主人は彼の持つ類まれな才能を非常に高く買っていて、珍しい薬の代金の補填として(材料の高くつく水薬をわざわざ頼んできた癖に、あろうことか代金を包む気がないようだった。面白かったのでよしとする)とっておきの娯楽を提供したというわけだ。わたしは奇妙な髭を生やした東洋人の手の下で五分ともたずに淫らな声をあげたものだが、達人いわく骨の扱いが肝要で、柱の歪んだ家をいくら補修したところで雨は漏るし床は傾く、抜本的解決に至るには何事も芯から始めよということであった。わたしは教えられた作法に則って、照りつける日に痛めつけられ荒廃の過程を半ばまで歩んだこの小さな厩が、どの程度傷んでいるかを順ぐりに確かめていった。成る程、きみは生来バランスのとれた人間なのだろう、どこもそれなり、今までこれを施してやった数少ない男・女の誰よりもしゃんとしていた。ただ、お堅い司祭の骨らしく、どこもそれなり、偏った常識に凝り固まっている。方針を決めるまでに五分は超えた、達人の域にはほど遠い。だが十分だ、わたしは準備を終えた。
 それまでやや退屈を醸していたきみだったが、次の段階に進んでからはその暇もなくなった。わたしの手が彼の支柱の凹凸を丹念に撫ぜ、繋ぐ腱と肉とに適切な刺激を与えていくと、彼は身悶えし、甘い嬌声を漏らした。短い感嘆詞、わたしの名、それから控えめな賛辞を加えて、ああ、アーサー、すごい。滅多に拝聴できない濡れた吐息は聾の耳にさえ心地良い。だががこんなの初めて、神様、とまで言い出したときには流石のわたしもきみの罪を心配した、この敬虔な若者は今や恥じらいをかなぐり捨てて、欲しいまま快楽を貪っている。無論罪があろうとなかろうとこれが悪い眺めである訳もなし、きみはわたしに身を任せ、読書の習慣に丸められた肉と骨とが、春を知った蕾のようにゆっくりと綻んでいた。彼は枕の端を掴み、たった今呼吸のしかたを思い出したとばかりに長く息を吐いた。そろそろもう少し細やかなサービスをしてやるべきかもしれない。腰のあたりへ添えた手に力をかける。
「ここは?」
「んん」
「これは?」
「あっ、ああっ……」
「いいのか悪いのか言ってくれないか?」
 平素の彼ならわたしがからかえば気のきいた返しをするものだが、此度は控えめな喘ぎを寄越すだけだった。
「もっと強い方が?」
「んっ……アーサー、今のは……」きみは薄目を開けて振り返った。「少し、痛かった」
 なんということを。突然わたしが離れたので、彼はまどろむ意識の中でほんの少しだけ驚いたようだった。宙ぶらりんの裂けた手を、けだるげな目線が追う。
「アーサー?」
「参ったな。きみらの基準だと生憎これは姦淫にあたる。わたしはきみに欲情した、今の一言は効いたぞ」
「まさか」
「信じないのか? なんという悲しい友情だろう、われわれの間には信頼というものがないらしい……」きみの唇は馬鹿馬鹿しい、と呟いた。「もっともわたしの信仰はきみのとは異なるし、このままきみの掲げる罪の一つを享受したって構わない。わたしの信仰が銘ず掟は『己を欺くことなかれ』、あるいは『汝欲望に仇なすことなかれ』、それだけだ。どうする? 続けるか?」
 きみの唇は再び馬鹿馬鹿しい、を……どうでもいい、だったかもしれないが、少なくともそのどちらかを描いて結ばれた。そしてきっかり五秒後に、きみは悩ましく眉根を寄せ、こう返事をした。
「やってくれ」
 わたしは両手を擦りあわせ、やりかけの仕事の続きにかかった。声を抑えることもせず眦を湿す彼の姿は幸福そうで、夕食の席で向けられるであろう使用人の意味深な目線が、心の底から楽しみだった。