香りつけ

 きみはわたしの身繕いを手伝いながら、小机にわたしの薬棚から持ってきた瓶やら包みやらを並べてひとつひとつの香りを確かめ、あれこれと感想を述べている。宝石のような細工ものの瓶と質素な身なりの男はちぐはぐとおかしな対比となってはいたものの、わたしはこの光景がすばらしく気に入っていた。
「これはいい香りだね。わたしは好きだが、きみには薄いような気もする。こっちは……少し甘すぎる」
 彼はそれまで試していた当たり障りのない系統から逸脱したいようだった。酒瓶じみた飾り気のない大きなひとつを手元に引き寄せ、コルクを捻った。瓶を満たした琥珀色の液体が揺れる。
「なんの香りもしない」
「それは飲むんだ。わたしがある芸人の為に醸してやったものさ。試してみるか? 帰ってくる頃にはこの屋敷の全員がきみに唇を捧げていることだろう」
「遠慮しておく」渋い顔の司祭は瓶を押し戻し、その途中の小瓶の首をつまんだ。顔を近づけ、訝るように眉根を寄せつつ、そっと蓋を持ち上げると、途端にうっとりと表情を緩ませる。「これはとてもいい香りだね」
「光栄だ。それはわたしの血から作った」
 彼はしばし凍りつき、彼からすれば冒涜的というより他ない品物を、わざわざ立ち上がりまでして、手に届く範囲から遠ざけた。帰りがけに油紙の包みを手にして息を吐く。アーサー、きみは妙なものばかり拵えるね。席に戻って包みを解くと、蝋石のような中身をしげしげと眺めた。
「不思議な香りだ。懐かしい。どうやって使う?」
「それは使わない」
「なぜ?」
「香りつけの材料ではないんだよ。知り合いが雌牛の礼にくれたものだ。粉にして紅茶にひとつまみ入れると………」
「入れると?」
「わたしは母に会える」
「……そうか」
 形のいい指が丁寧に石を包み直し、小机の上をさまよった。彼は外れを引きすぎたが、慎重に選びとったものは今度こそまっとうな香水と呼べるものだった。
「ああ、これはあの夜につけていたものだね」
 元奴隷の瞳に物見高い買い手の仮面と、可憐な二羽の小鳥が映った。それから憐れな男がひとり。
「それはきみの好みではないだろう、吐かれても困る」
 彼は嫌味ともとれるわたしの冗談を聞き、ただ朗らかに笑いかけた。
「あの時好みでなかったのはきみという人間のほうだよ、香りではなく。今なら何をつけていても構わない」きみは少し前“鋭すぎる”と評した香水を手にとった。「これでもいい」
「いいや、きみの一番の気に入りで」
「なら……」黒髪がわずかに傾き、その眼の青の中にためらいがちな光が踊った。「そのままでいい。わたしはきみ自身の香りが一番好きなんだ」
 わたしは面食らった。この男は時折信じがたいほどに大胆なことを言う。胸元の皮膚が熱を孕むのを感じながら、平静を装ってこう答える。きみはきっとこの悪ふざけを咎めるだろうが、“これでおあいこにしようぜ、若さま”ということだ。

「それはわたしがうまそうな匂いだということか? いいさ、きみになら喰われてやってもいい。明るいうちからというのも悪くない。ロス、どうぞ遠慮なく召し上がれ」