「好きなものを選ぶといい、これは楽しい夢、花畑、木苺の実、幼なじみ、ちぎれ雲、膝に抱いた子犬、水面に反射する春先の陽光。こちらはもう少し浅はかだかやはり楽しい夢、テーブルいっぱいのご馳走、愉快な音楽、踊る道化、積まれた金貨、美しい女たち。こっちは多少センチメンタルだ、沈みゆく秋の最後の一瞥、別れの夜の涙、葬列を飾る野花は幼い孫娘が摘んだもの……」
彼はサイドテーブルへ小瓶を並べ、宝箱の中身を自慢する子供のように、それらの瓶へ説明をつけた。わたしには望みの夢などなかったが、ただ彼の喋るままに任せていた。この放蕩ものの貴族はわたしの歌がなければ眠れないと騒ぐ癖に、時折こうして深夜に起き出してきては、彼の言うところの“世間知らずでお堅い司祭どの”に夜更かしをさせようとする。司祭どのはというと、世俗的な悪徳に浸かって悪ぶっているときの彼より、母親を困らせて特別な愛情を示そうとするいたずら坊主のほうが好きだったので、この小さな堕落を心待ちにしてさえいた。無邪気な楽しみに興じる彼の横顔は、蝋燭のあえかな光の中、この上なく無垢で美しく見えた。
「そしてこれは悪夢だ、くだらない……誰が好き好んで見たがる? きみが甘やかな悪夢をご所望なら調合してやらないこともないが、恐らくはわたしにとってあまり嬉しくない客人をきみの夢に招き入れることになるだろう、不愉快にも……ああ不愉快だとも!鼬を前に鶏が笑むものか、あれはわたしの敵でありきみの愛するきょうだい、贄の苦痛を糧として肥える盲の芋虫、きみの撥ね付けた愚かな利己主義……考えただけで虫酸が走る」
まくしたてる彼の微笑みは変わらずに楽しげで、柔和とさえ言って差し支えない緩やかな曲線と曲線の隙間に、親しみ深い獣の刃が並んでいる。この男はわたしが誰を愛し、どこへ行こうと全く構わないと口にし実際そうであるにも関わらず、ことわたしのきょうだいに対しては滑稽な程あからさまに、幼稚な嫉妬を繰り返すのだった。あの男の身体が灰と化し、何者も害することのない今でさえ──今もってして、決して。被食者としての彼の本能がそう命ずるのではなく、存在のありようとして……アーサー・ブラッドフォードの敵は彼を憐れむべき欠損者と標識するものすべてだった。そしてこれはより大きなくくりの闘争でもあった、種と種の間に散る火の粉、食う食われるのいたちごっこ。わたしはこれに無用な口出しをするまいと決めていたが、同時に彼へもわたしのすることに干渉されたくはなかった。生物としての対立は関係ない、わたしと彼との個人的な、思想の話だ。
「アーサー、きみはわたしに自由をくれたはずだね」
「ああ、勿論だとも。お望みなら好きなだけあれの夢を見るといい。だがわたしが夜遊びに乗じて二人の処女を地獄行きの咎人に変えたとしても、非難がましい顔はしてくれるな。昔の友人がわたしを欲しがっても、興ざめな邪魔立てをしないと誓えるか? わたしはきみのように──」
「きみは好きにしていいと言った」繰り返しの文句は彼に口をつぐませた。「わたしに偽りを?」
饒舌な語り手は視線を落とし、叱られた子犬のようにしおらしくなった。お喋りな彼には空虚な言葉で人を煙にまこうとする癖がある、このくらい静かなほうが扱いやすい。
「大体わたしは悪夢など望んではいないし、ひと言もそう頼んではいないだろう。アーサー……わたしの目を見てごらん。きみはときどき身勝手で乱暴だ。わたしのきょうだいを手ひどく扱って、悪夢の中に閉じ込めてしまうところだった。悪い子だ」わたしは手をのべて、うつむきかける彼の頬に触れた。「きみがわたしのきょうだいを好いていないのは知っている。寛容なきみをここまで狭量で頑固にするとは、きっと彼だけに故のあることではないね。自惚れでなければ、わたしがきみを堕落させている……」
そうして唇を重ねると、彼はわたしの口づけにたじろいだ。そうはしつつも、わたしから目を離さなかった。
「わたしはとうに眠りに落ちているのかもしれないね」
彼にはわたしの言いたいことがよく分かったろう。これが悪夢かはわれわれのどちらにも分からない。蝋燭の火が揺らぐたび、色ちがいの瞳が幻想の昼夜へ誘う。わたしが焦がれる光に満ちた蒼穹と、炉端に落ちる影。