きみは酔っているようだった。もう長いことオルガンの前に陣取って、軽快に鍵盤を叩き続けている。わたしはその背中をただ眺めているのに飽きてしまった。薄く血を透かして色づいた襟もとの柔肌に悪戯のつもりで舌を這わせると、彼はくすぐったがって身体を揺らした。調子に乗って歯を立てれば、抑えきれない、とでも言いたげにくつくつと声が漏れる。どうやらお硬い聖職者をどこかに落としてきたらしい。ただ、こうした趣味のよくない遊びは控えたほうが賢明とみえたから(お互いのために)、悪ふざけは早々に切り上げて、傍で見下ろすだけにする。めずらしく俗っぽいきみが浮かべる笑みは幼く眩しかった、浮ついていたわたしの胸が苦しく締め付けられるほど。本当に幼い時分のこの天使を何度夢に見たか分からない、しかし全てわたしの空想だった。今更になって真実がどういうものだったかを知ることになった。このあどけない笑みは養い親の亡骸と共に一度は葬り去られたもので、彼は薄闇のなかに暮らしながら、失ったものをひとつひとつ取り戻しているようだった。
音が途切れる。「歌ってくれないか」
いいとも、と答えるには少しばかり気分がふさいでしまっていた。だが巣立ったばかりのからすのように、きみは小首をかしげてわたしを見た、そのまなざしに込められた期待を裏切れるほど憂鬱にはひたりきれない。返事に代えて音程の外れた流行歌を口ずさもうとしたわたしの唇に、思いがけず温かいものが触れた。首に回された腕がゆっくりとほどかれる。きみは唇を捧いだばかりなのに、何でもないような顔で腰を下ろし、オルガンへ向き直り、ふたたび愉快な調子の曲を弾いているのだった。数節過ぎてもわたしは黙っているより他に仕様がなく、酔いを感じてのぼせかけていた。